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日々是好日

 会社勤めが10数年を過ぎたころ、職場でとてもうんざりすることがあった。男社会に合わせることに疲れて、この先仕事を続けるモチベーションが保てないような気がしていた。
 憂うつな気持ちを抱えて書店をさまよい、さまざまな本を読んだ。出会った本の一つが「日々是好日 お茶が教えてくれた15のしあわせ」(飛鳥新社)だ。茶道を25年続けているというフリーライター森下典子さんのエッセーだった。
 森下さんの師匠「武田のおばさん」のたたずまいに心引かれた。昭和7年生まれで、若いころからお茶を習い、職業を持っていたが結婚、出産を機に専業主婦に。44歳のころ、20歳だった森下さんにお茶を教え始めた。身ぎれいな雰囲気で、自分の考えをはっきり話す。いつもゆとりが感じられ、それはいわゆる「お金持ちの奥さん」とはちょっと違う。ものに動じない、広い大人の世界を知っているような感じ。そんな師匠に導かれて、森下さんは少しずつお茶の世界を知っていく。
 初めは茶道をただの行儀作法としか思っていなかった森下さんだが、毎週稽古に通い、茶室の季節のしつらえを実感し、お茶の点て方や決まりごとを学ぶうちに、「『生きてる』ってこういうことだったのか!」と気づく瞬間があるのだという。失恋や肉親の死、不安定な仕事ゆえに悩める時も、傍らに「お茶」があったことが支えになったとも。
 茶道は花嫁修業みたいで自分には縁遠いと思っていたけれど、この本に出てくるような世界を体験してみてもいいなあ…。そう思って、私は自宅近くにあった裏千家茶道教授の門をたたいたのだった。
 東京、札幌、函館、札幌、中標津と転勤しながらも、お茶の稽古を細々と続けて今年で15年になる。お茶の世界ではまだまだひよっこ。それでも、私は「心の茶室」を持つようになり、季節の移ろいを味わいながら暮らす楽しみを少し知った気がしている。

                               (2017年夏の文章)


 あれから7年。茶道は続けている。きっと体が許す限り、ゆるゆると続けていけると思う。



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