【前篇】デンマーク行きの面倒な選択肢,あるいは運命。
冬至|乃東生
令和5年12月22日
デンマーク,コペンハーゲン近郊にあるnoma(ノーマ)。The World's 50 Best Restaurantsに2010年から2021年までの間に5度も選出され,2022年以降には「殿堂入り」の冠を被せられるほど評価されたレストランだ。
そんなレストランを知ったきっかけは,ドキュメンタリー映画「ノーマ,世界を変える料理」を観たことだ。山梨へ移住して食への関心が高まったことから気になっていた映画だった。ヘッドシェフであるRené Redzepiさんの哲学,料理人としての熱き思いに心を打たれた。以前訪れていたデンマークという土地のイメージが再び膨らみはじめた。こうしてnomaは死ぬまでに行きたいところリストに追加された。
nomaは現代料理に新しいスタイルを刻んだことで評価されている。独創的な調理技術はもちろんのこと,厳しい自然環境のデンマーク周辺の食材に徹底的にこだわっている。例えば北欧では柑橘類が取れないため,アリが持つ蟻酸(ギ酸)を料理に取り込む。結果として北欧料理という一ジャンルを確立することになる。現代アートがいかに上手く書けるかという美的価値だけでなく,社会を反映した歴史的価値によっても評価されるのと同じ構造で,現代料理においても「おいしい」という風味だけでなく,食文化のコンテクストが人を惹きつける。
そのnomaが“To continue being noma, we must change.”というアナウンスと共に,突如2024年に閉店することが発表された。ああ,幾度となくこうしたチャンスを逃したことがあっただろう。友人から紹介されたお店はいつのまにか閉店してしまったし,また飲みいこ!と契りを交わした学友とはもう会えなくなってしまった。その度に,結局のところ歩みが交わらないご縁だったのだと自分を納得させるしかなかった。
nomaが予約を受け付けるのは年3回のみ。予約受付と同時に世界中から予約が殺到し,1分もしないうちに1シーズンの予約が埋まる。きっと席は取れないだろう,全くの期待をせずに日本時間2月27日22:00,予約受付が始まった。自身のスケジュール帳を見ることさえもなく,とりあえずカレンダー上でクリックのできる9月15日に飛び込む。
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10秒程の長い沈黙の後,仮予約が完了したとのお知らせ。しばらくの間,目の前にある現実にただただ呆然としていた。嬉しさよりも仮予約が「できてしまった」という戸惑いの方が大きい。 それでもゆっくりとしているわけにもいかない。この先は15分以内に予約確定,決済まで行う必要がある。そうでなければ,仮予約の権利は世界中の誰かの手元に移る。幻のレストランだったと,いつものように自分を納得させることになるのだろう。
我に返ってスケジュールを確認する。9月15日は金曜日,仕事はどうか。まだ1歳になったばかりの子をデンマークまで連れて行けるのだろうか。連れて行ったとしても4時間にも及ぶ食事中はどうするというのか。改めて料金を調べる,1人あたり6150クローネ,日本円で約13万円。大人2名のテーブル,妻はもう寝ている。
手元にやってきてしまった面倒な選択肢は,深夜の朦朧とした頭をひどく悩ませた。それでも死ぬまでに行きたいレストランへの切符はやはりご縁であった。行こう。これでいいのだ。
旅はこんな風にして始まる。始まりは終わりを意味する。世界一のレストランに行けてしまうのか。
-S.F.
乃東生
ナツカレクサショウズ
冬至・初候
慌ただしいキッチンが好きです。人間としての生活に不可欠な食を通した人生劇場。そこで繰り広げられるひとりひとりの物語がたまらなく好きです。レター内で紹介した,「ノーマ,世界を変える料理」と共に映画を一選。
レストランの裏側で巻き起こる人生劇場,あるいは日常か。人種を超えたプロフェッショナルたちが互いに作用し合いながら駆け巡るディナータイム。ワンカットの臨場感に思わず引き込まれました。
参考文献
なし
カバー写真:2019年7月29日 初回のデンマーク。Rundetaarnというコペンハーゲン市内の天文台。先の見えない滑らかな螺旋。この約半年後に国境閉鎖。古い写真を見返しながら旅の感覚が甦り始める。
コヨムは、暦で読むニュースレターです。
七十二候に合わせて、時候のレターを配信します。
【前篇】デンマーク行きの面倒な選択肢,あるいは運命。
https://coyomu-style.studio.site/letter/natsukarekusa-shozu-2023
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