感情から距離をとるスキル
衝動的な行動を止めたいけれど止められず悩んでいるという話は、多くの方からお聞きします。そうした方には、次の2つのスキルを段階的にご紹介し、セラピーの中で一緒に取り組んでいきます。
①感情から距離をとるスキル
②感情を受け入れ対処するスキル
強い感情に圧倒されて衝動的に行動すると、事態がより大変になったり、より感情調節しにくくなる可能性が高まります。そのため、衝動的な行動のもとになる感情から距離をとるスキルが必要です。
ただ、悩んでいる人がすでにとっている衝動的な行動も、感情から距離をとるためにこれまでの経験中で身につけた有効な方法です。たとえば「過食」や「過度な飲酒」もそうです。
しかし、そうした衝動的な行動は、おうおうにしてご自身の健康や人間関係へのダメージが大きく、のちに後悔したりとディメリットの側面が大きいのも確かだったりします。そのため、そうした方には「できるだけディメリットの少ない行動をとれるといいですね」と伝え、動機づけを高めるように支援します。
今回は①感情から距離をとるスキルをご紹介したいと思います。②の感情を受け入れ対処するスキルはまた別の機会にご紹介する予定です。
ポイント
「①感情から距離をとるスキル」をお伝えする前にひとつ大事なポイントをお伝えします。このスキルは弁証法的行動療法(DBT)の「苦痛に耐えるスキル」として一般的に紹介されるものです。そのベースとなっているのは、自身に苦痛を生じさせる思考や感情、行動、周囲の状況などに「気づく」というマインドフルネスのスキルです。マインドフルネスは「注意のコントロールのためのスキル」と言い換えることもできます。そのため、この①感情から距離をとるスキルの目的も「注意のコントロール」だと理解すると、この後の説明が分かりやすくやってみて上手くいかない時も対処しやすくなると思います。
つまり、ここに「書かれている通りにやること」にこだわると、スキルを学ぶ目的から逸れてしまいます。やってみて迷ったら、「注意のコントロールに効果的であれば良い」という感じで、スキルを学ぶ目的に立ち返ってみてください。ひとりひとりに合った形を見つけることが効果を実感するために大切です。(マインドフルネスのスキルについては、また別の記事でお伝えする予定です。)
感情から距離をとるスキル
それでは、強い感情に圧倒されて衝動的な行動をとってしまいそうなときの「①感情から距離をとるスキル」をご紹介しましょう。合言葉は、「ぼ・く・お・う・や・つ・さる(僕追う奴、去る)」です。
感情から距離をとるスキル -僕追う奴、去る-
ぼ:ぼーっとしてみる、他の事を考えてみる
く:比べてみる
お:置き換えてみる
う:打ち込んでみる
や:役立ってみる、貢献してみる
つ:強めてみる
さる:去ってみる、離れてみる
「ぼ:ぼーっとしてみる、他の事を考えてみる」
「他の事を考えてみるとか、そんな事はすでにやってます」という突っ込みが返ってきそうです。この場合の「他の事」というのは、テレビを見たり読書をしたりという事だけでなく、たとえば「100から7ずつ引いていく」「視界にあるものをとにかく数える」というものも入ります。今の感情や思考から注意を逸らすためにできそうなことをいろいろ考えてみてください。
「く:比べてみる」
「比べてみる」というのは、今の自分と比べて運の悪い人や状況と比べるのが基本です。辛い時は今の自分に注意が向き過ぎていることが多いので、他に注意を向けるという「注意のコントロール」を意識するのがポイントです。
しかし、「辛い時に辛い人の事を思いうかべるともっと辛くなる」という人もいらっしゃると思います。そんな時は、「今の自分」へ向かう注意の方向を、自分以外の他人や外側へ変えることを意識してみてください。ずっと昔の自分でもいいですし、もしかしたら笑っちゃうぐらい上手くいってる人と比べるのでも、注意が今の自分から逸れるのならばOKです。また、スキルには向き不向きがあるので、「く:比べてみる」スキルが苦手だなと感じたら、他のスキルを試してみるといいでしょう。
「お:置き換えてみる」
「置き換えてみる」というのは、今感じている感情とは別の感情や反対の感情を生じさせるような行動をしてみるということです。ただ、そのためには、今の感情がどんな感情なのかを特定する必要があります。その方法はこの記事の最後の方(「実践してみましょう」)に書いておきましたので参考にしてみてください。
例としては、感情に訴える音楽や映画、本を読むというものが挙げられます。私がよく使うのは、ネットで「面白い猫の画像」と検索して出てくる画像を見るというものです。大がかりな計画やお金がかかるものより、パッと手軽に使える方法が取り組みやすいでしょう。
「う:打ち込んでみる」
「打ち込んでみる」というのは運動や趣味、家事といった何らかの活動に打ち込んでみるというものです。しかし、やり過ぎてしまうと問題がでてきてしまいます。そのため、あくまで辛い感情や思考から気を逸らすという注意のコントロールのために行うことを意識してください。
「や:役立ってみる、貢献してみる」
「役立ってみる、貢献してみる」は見返りを求めないでいられる事にしましょう。そうでければ、感謝やお礼や何らかの見返りが返ってこなかった時に別の感情(怒りや失望、恨みなど)にとらわれてしまいます。植物を育てていれば、水を上げるとか、葉をきれいに拭いてあげるとかするのもひとつの方法です。
「つ:強めてみる」
「強めてみる」というのは、自傷にならない程度で五感に強い刺激を入れるというものです。手首に輪ゴムを通して引っ張って放すとか。ちょっと痛いですが、リストカットよりも遥かにダメージが少ないでしょう。熱いお風呂に入ったり、手に氷を握りしめるのも効果的です。
「さる:去ってみる、離れてみる」
「去ってみる、離れてみる」というのは、物理的に離れることだけでなく、心の中で想像上の壁を作ったり追い返したり箱にしまい込むということも含まれます。しかし、このスキルを使い過ぎたり長時間使い続けるのはお勧めできません。なぜなら、辛い感情や思考から距離をとったままだと、また戻ってきて対処するということが難しくなるからです。そのため、このスキルは緊急時にサッと使うという感じがちょうどいいです。
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実践してみましょう
以上、辛い感情から距離をとるためのスキルをご紹介しました。実際に生活の中で使えそうな方法を、カウンセラーや状況の近い人と一緒に書き出してマイリストを作ってみましょう。そして、まずは1週間。モヤモヤを感じたり、衝動的な行動をとりたくなった時にマイリストに書き出したスキルを使ってみましょう。
その上で、スキルを使ってみて感じた変化など、やってみた感想を手帳やノートに書き留めてみましょう。実施する上でのワンポイント・アドバイスとしては、衝動的な行動をとりたいと思った時の感情は何かということを最初に意識すると効果が高まります。もし感情が分からなければ、「その衝動行動をとらないとどんな感じがするかな?」と自問してみてください。そうすると衝動的な行動の背景にある不安や、悲しみや怒り、それらが入り混じった不満などの感情がなんとなく体感できると思います。その上で使うスキルあるいは具体的な方法を選ぶとよいでしょう。
まずは実験のつもりで、今日一日の中で使ってみてください。初めての実験なので上手くいかなかったり続けられなかったとしても自然なことです。その場合は、別の方法を試してみたり、思い出した時に再チャレンジしてみてください。きっと使いやすいと思えるスキルや方法がひとつふたつ見つかると思います。