ショートショート04 「夢 工房」
「パパとママは、とても仲良し。でも、なんだか、いつも寂しそう。」
男の子が「パパ、ママ、どうしたの?」と呼びかけても反応はない。男の子は、パパとママに笑ってほしかった。そう、いつも思いながら、そこにいた。
ある日、ドゥッという、大きな音を響かせて、池がひっくり返ったような雨が降った後、空に、虹がかかった。
虹の端は、家の庭に伸びていて、空への道を造っていた。それは、虹の橋。
男の子は、虹を登って行った。
遠くに見えていた空に、いま、男の子は、いて、雲の絨毯が敷き詰められた回廊を進んでいる。
さらに、進んでいくと、空は夜になった。星空の天井の下、続いていく一本道をいくと、ゆらゆらと、絵筆で書いたように揺らめいた煙を吐いている、小さな煙突のある、レンガ造りの一軒家にたどり着いた。
木の板で出来たドアの中央には、金色のベルがかかっていて、ドアを押すと「ギィッ」という木が鳴く音。一拍、遅れて「ガランガラン」とベルが鳴った。
中には、もしゃもしゃと白い髭をはやした、おじいさんがいた。むくむくと太っていて、すこぶる健康そうだ。おじいさんは、片目にレンズを当てて、手の中に握った、ぼんやりと光る玉を、手に持ったハケで、磨いていた。木製の机の上には、他にも、色とりどりに光る玉が、散らばっている。
「よし。」 おじいさんが、小さく声を発し、光る玉を、空中に投げた。投げるといっても、遠くに飛ばそうと力を込めたわけじゃない。フッと手のひらを浮かせる、その様子は、空中に置いた、という方が正しいかも知れない。
光の玉は、そのまま、机の上に浮かんでいた。おじいさんは、ふわりふわりと、机の上に留まっている光の玉に「ハッピーバースデイ」とつぶやく。光の玉は、ふわっと、端から光の粒に変わり、虚空に消えていった。
「これは、これは、珍しい。」
おじいさんは、ようやく男の子に声をかけた。作業に夢中で、気づかなかったというわけではなく、多分、入ってきた時から、気づいていた、けど。自分の作業を中断するほどではない、と判断していたのだろう。
「ここは、どこかって? ここは、夢工房。今は、叶っていない夢の集まる場所さ。」
男の子が、聞きたいことが分かっていたかのように、おじいさんは口を開いた。
「世界には、いろんな夢がある。叶っているもの、まだ、叶っていないもの。わたしは、この工房で、まだ叶っていない夢に、少し手を加え、叶う形にして、世の中に送り出しているのさ。」
少し、休憩、とばかりに、おじいさんは、レンズとハケを机の上に置き、大きく背伸びをしながら、続ける。
「さっきいじっていたのは、ある島国に住む、少女の夢だ。彼女は、外国で暮らすことが夢だった。ただ、お母さんが病気でね。お母さんを置いて、外国には行けない、と。その夢を諦めたのさ。外国で暮らすことは叶わないけど、彼女は、島国を訪れる外国人が泊まれる宿屋で働けるようにしておいた。住むとしたら、一国だったかも知れないが、この方が、色々な国の人と仲良くなれる。お母さんの側にもいられる。そんな風に、最初に描いた形とは違うかも知れないけど、夢を叶う形に変えて、世の中に送り出しているのさ。新しく夢が生まれる、生まれ変わる。だから、わたしは、夢をハッピーバースデイと送り出してる。」
「じゃあ…ぼくのパパとママの夢も、ここにある?」
説明がひと段落したところで、男の子が質問をした。
「いつも、寂しそうなんだ。ぼくは、パパとママに笑ってほしい。」
見つけるまで、帰らない、そんな剣幕で男の子は、おじいさんに迫った。そんな男の子と対照的に、落ち着いた態度で目を細め、おじいさんは言う。
「あぁ、わたしの目の前にあるとも。君のパパとママの夢は…君だ。君自身だ。パパとママは、ずっと子どもを望んでいた。でも、今まで会うことが出来なかった。だから、君は、ここにたどり着いた。ここに来られるのは、まだ叶っていない夢だけだからね。それじゃあ、始めよう。」
おじいさんが、男の子の頭を撫でると、男の子の体は、薄ピンクの光の玉に変わった。
「さて、、、、と。どんな風に手を加えようかな。
君は、パパとママが思っていた以上に、よく泣き、
ヤンチャで、手のかかる子になる。
そして、想像していた以上に、かわいくて、
期待していたよりも、ずっと、しあわせな毎日をくれる。
そんな子として、産まれるだろう。これで、よし。」
薄ピンクの光の玉は、机の上に浮かび上がった。
「それじゃあ、いってらっしゃい。
あぁ、そうそう……ハッピーバースデイ。」
温かい光の粒が、机の上に広がり、やがて、虚空へ消えていった。