オーストラリア ファンタジー界を代表する作家の「Story Road」とは?/作家イゾベル・カーモディーさんの講演会/ミニレポート
構成:コスモピア編集部
写真:オーストラリア大使館
(写真の著作権は、オーストラリア大使館に帰属します)
2023年11月21日、「Australian Literary Evening with Author Isobelle Carmody」と題して、オーストラリア大使館で、オーストラリアの著名なファンタジー作家イゾベル・カーモディーさんの講演会が開催されました。
当日は、コスモピア編集部も参加し、貴重なひとときを過ごしました。
本記事では、その模様を簡単にレポートします。
まずは、ジャスティン・ヘイハースト駐日オーストラリア大使からのご挨拶。
講演会は二部構成。
オーストラリア在住の絵本作家・翻訳家、渡辺鉄太さんによるオーストラリアの児童文学事情の紹介。
そして、イゾベル・カーモディー氏によるトーク(逐次通訳付き)。執筆の原動力や日本をひとり旅したこと、パリを訪れたときの経験などについてお話いただきました。
そのあとに、質疑応答が行われました。
オーストラリアの児童文学事情/「オーストラリアらしさ」って何だろう
最初に、オーストラリアの児童文学事情について、長年オーストラリアで暮らしている絵本作家・翻訳家の渡辺鉄太氏からのご説明がありました。
オーストラリアの児童文学は、その風土と一体化した作品が多かったのですが、最近では変化してきているようです。
オーストラリアは移民が集まる国で、異なるバックグラウンドを持つ人々が仲良く共存しています。
違った人たちが住んでいて、まとまって、ひとつの国となっている。
渡辺氏はかつて、「Where are you from?」という質問をよく受けたそうですが、最近ではそれほど聞かれなくなったと述べています。
多様性が豊かな国であるため、そういった質問は不適切になってきたのでしょう。
そのため、年々、「オーストラリアらしさ」は明確ではなく、わかりにくいものになっている、とのこと。
しかし、わかりにくい形ではありますが、文学作品の中には、確かに「オーストラリアらしさ」というものが織り込まれています。
渡辺氏によれば、作品を読むことで、その「らしさ」の息吹を感じ取ることができるそうです。
例えば、川崎のカフェで、カーモディーさんの作品を読んでいるときに、まるでオーストラリアにいるような感覚に包まれたと述べています。
これは、長年オーストラリアで暮らしている渡辺氏だからこそ感じ取れることなのでしょう。
日本各地を旅したカーモディーさん
続いて、「The Story Road」と題された、イゾベル・カーモディーさんのトークがはじまりました。
カーモディーさんは、この講演会の前に、日本をひとり旅したそうです。
それも、稚内や利尻島にはじまり、鹿児島まで!
幅広いですね。
ひとりで旅をすることで、その周辺の環境を熱心に吸収しようとするので、作家にとっては正しいアプローチだとカーモディーさんはおっしゃっていました。
どんな年齢層に向けて本を書いているのか?
カーモディーさんは、よく「どんな年齢層に向けて本を書いているのか?」という質問を受けるそうです。そしてそれは、おかしな質問だなと感じているといいます。
カーモディーさんが本を書きはじめたのは、14歳のときで、当時は世に出ることを意識して書いていたわけではありません。特定の読者を想定していなかったということです。
カーモディーさんは物語を書くとき、対象年齢にこだわらず「大人の中にいる子どもにも物語を届けたい」と話されていました。
第一作『Obernewtyn』を書くまで/子どもにとっての非常事態とは?
それではカーモディーさんは、どのようなきっかけで物語を書きはじめたのでしょうか。
14歳の頃、カーモディーさんは初の著作である『Obernewtyn』を書きはじめました。
この作品は、放射能で世界が破壊されたあとに形成された息苦しい管理社会が舞台。特異な能力を持つ少女エルスペスが異分子(misfit=ミスフィットと呼ばれています)として扱われ、そこから逃れようとする物語です。
この物語を書きはじめるまで、彼女の周辺には色々なことがありました。
まず14歳のとき、カーモディーさんは飲酒運転の事故で、父親を失いました。
心から愛する父親が亡くなったことは、大きな喪失であり、彼女の中にあった安全性や確実性といったものが崩れ去りました。
ですが、カーモディーさんは親を亡くした子どもたちの話は書くのではなく、かわりに子どもにとっての「非常事態」がどのようなものかを想像したと述べています。
同じ時期に、カーモディーさんは、学校で「マンハッタン計画」(第二次世界大戦時、アメリカが原子爆弾を作り、投下するまでのプロジェクト)について学びました。
ヒロシマ・ナガサキで被ばくされた証言者の話を聞き、多くの罪もない小さな子どもたちが犠牲になったことを知ります。
そのことは、彼女に大きな影響を与え、自分の力や意思の及ばないところで、大きな恐ろしい存在がひどいことを行っているという感覚が芽生えたそうです。
自身も父親を事故で失った経験から、カーモディーさんは、そのような出来事が、現実に起こりうることを身をもって知っていました。
そういった背景から、彼女はリアルな現実の話を書くのではなく、メタファーとして、ファンタジー作品『Obernewtyn』を執筆したのだといいます。
小さな野心
講演会では、なんと来場者全員に、カーモディーさんの本『The Red Wind』(「The Kingdom of the Lost」シリーズの第1巻)をプレゼントしていただきました!
「Obernewtyn」シリーズはヤングアダルト作品で、英語も難しめなのですが、プレゼントしていただいた「The Kingdom of the Lost」シリーズは児童書で、より読みやすい英語で書かれています。
このシリーズは、住む場所を奪われた二人の兄弟が、新しい家を探し、見つけるための旅を書いた物語です。
「Obernewtyn」シリーズと共通しているところは、子どもたちが無力で弱い存在であるという点です。
彼らは自分たちでは上手くコントロールできない世界で苦しんでおり、その困難を克服しようともがいています。
カーモディーさんは、「自分の居場所を見つけるためにもがく」ことのような、そのような「小さな野心」が好きだと述べています。
その気持ちを持っていれば、少しずつ世界を変えていけるだろうと語っています。
カーモディーさんも出版するために、(つまり作家として成功するという「大きな野心」を掲げて)物語を書いていたわけではないのですからね。
物語を書くときに、その根底には「問いかけ」がある
カーモディーさんは本を書く際、根底にある「疑問」に向き合いながら執筆しているそうです。
「Obernewtyn」シリーズ、「The Kingdom of the Lost」シリーズの両方を書いているときに、共通して考えていたのは、「人間は成長できるのだろうか? 人間はモラル的に良くなれるのだろうか」という問いでした。
人間を種として考えたときに、全体的に良い存在になっているのか? 向上しているのかどうか?
ヒロシマ・ナガサキでの原爆投下の現実や、飲酒運転により父親を亡くすといった経験をしたカーモディーさんは、絶対的な確信が持てなかったといいます。
そして知りたいからこそ、書いたのだと述べています。
どう勇敢であるか?/勇敢の在り方はひとつではない
それに加えて、カーモディーさんは、「The Kingdom of the Lost」シリーズを執筆する際、「どう勇敢であるか」というテーマにも焦点を当てて書きました。
物語に登場する二人の兄弟は、お互いを大切に思い合い、お互いをそれぞれ違った形で勇敢だと評価しています。
「勇敢な子」は、勇気をもって旅や冒険に挑み、「臆病な子」はその姿を見て勇敢さを感じています。
しかし、反対に、「臆病な子」は恐れを克服し、常に他者を助けたいと願っている子です。「勇敢な子」はその姿を見て、彼こそ本当に勇敢だと思っています。
この兄弟はお互いを愛し、引き離されないように努力しながら、他の人を助けつつ、優しさを発揮しようとします。
この物語にとって、登場人物の「優しさ」も非常に重要だとカーモディーさんは言います。
彼らは、厳しい環境の中でも、他者への優しさを持ち続けながら、旅を続け、家を見つけようとします。
家というのはただ住むだけの場所でなく、「心」がそこにないといけません。
世界の他の人たちが苦しんでいる状態で、家に安住することはできないのです。
「勇敢さ」と「優しさ」をあわせもち、それを両立させる……。
これが、カーモディーさんが伝えたいことなのではと筆者は思いました。
オーストラリアと日本のストーリーの交換ができれば
最後に、カーモディーさんは、「日本にも素晴らしい作品はたくさんあるが、オーストラリアにはオーストラリアらしいお話の作り方・語り方があるので、互いに交換していけたら」と述べられました。
お互いのストーリーやアイデアを交換することでお互いに成長できる。文学の交換は、まさに深い文化の交換だと彼女は考えています。
今回の日本訪問を通じて、カーモディーさんは、日本についても、また自分自身についても学んだそうです。
カーモディーさんはこう締めくくりました。
「日本について、すぐには書くことできないでしょう。プラハ・チェコに住んだ後、それを作品に反映させるまでに10年かかりました。日本を書くことについて、そんなに時間がかかる事態は避けたいけれど、まずは日本が私の中に溶け込むのをゆっくり待ちたいと思っています」
質疑応答の時間
そのあと、質疑応答の時間に移りました。カーモディーさんは、来場者からの質問に、熱意をもって答えられていました。
その中で印象に残ったご質問を紹介させてください。
「オーストラリアらしさ」よりも描こうとしているのは……
……というご質問があり、カーモディーさんが即座に「No」と回答していたのが、興味深かったです。
カーモディーさんによると、
もっと人間にとって共通したもの、
喪失感や国を超えた悲しさを描こうとしている
のだそうです。
ここは、前半の渡辺鉄太氏がおっしゃられたとおり、やはり、「オーストラリアらしさ」というものは明確ではないし、作家さん方にとっては、もっと他に伝えたいメッセージがあるんだろうな……と、強く印象に残りました(もちろん、無意識に醸し出している「らしさ」というものは、あるのかもしれませんが)。
そして、弊社コスモピアからも質問させていただいたので、少しピックアップさせてください。
翻訳について/新しい言語を身につける
カーモディーさんには、「非常に面白い質問ですね」とおっしゃっていただけました。
そして、「翻訳でも(ぜひ私の作品を)読んでいただければ嬉しいです」と述べていました。
カーモディーさんにとっては、もちろん本をただ出版することだけが目的ではありません。受け手の心に、本が「話しかける」必要があるといいます。
ですから、良い翻訳があれば、その翻訳作品が新たな奏者となり、また新たな別の命が得られるだろうと、おっしゃっていました。
翻訳された作品もまた、1つの芸術であり、化学反応であるとのお考えで、
「私も日本語で自分の作品を読めたらいいなと思います。日本語で読めたら、自分の本なのに、新しい別の自分が見つけられるかもしれない」
……と、おっしゃっていたのが、心に残りました。
そして、ウィルソン参事官から聞いたという、とっておきの表現、
When you learn a new language, you gain another soul.
「新しい言語を身につけると、もうひとつの魂(自分自身)を得る」
……を披露してくれました。会場が「おお!」とどよめいた瞬間でした。
ウィルソン参事官はこの言葉を高校時代に恩師から送られたそうです 。
翻訳されることで、作品には新しい生命が吹き込まれ、新しい読者が生まれます。
新しい読者が生まれることで、その物語世界は深みを増し、さらに発展していくのでしょうね。
そして、言語を身につけることで、私たち自身も新しい自分を発見できますよね。
この言葉を指針に、今後も語学学習にいっそう励んでいきたいと思いました。
あとがき
講演会のあとは、参加された方々と歓談。
オーストラリア大使館のスタッフのみなさまによるホスピタリティ溢れるアテンドのおかげで、カーモディーさんや渡辺鉄太さんとも直接お話することができました!
このような素敵な機会を与えていただいたオーストラリア大使館の方々に感謝いたします。
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