正しい生活習慣が将来の脳の健康を支える―30代から始める「9つの習慣」
株式会社エムの創業の経緯を示した記事で、「日本の健診文化が生んだ世界唯一の医療ビッグデータとの出会い」が私にとってのブレイクスルーであったことをお伝えしました。その理由として、私が目指す脳疾患を正しく予防する世界の実現には、未病(病気になる前)の方の脳画像データの解析が必要であったことにも触れました。
本稿では、この理由をさらに深掘りします。脳の健康管理のあり方について基本的事項を整理し、著名な学者の意見も踏まえながら、脳の健康管理を正しく行うことの重要性をお伝えしたいと思います。なお、この内容を若いうちから理解し、実行し、習慣化していくことは非常に有益なことなので、認知症などの脳疾患にはまだ実感がない(かもしれない)30~40代の方にも是非本稿を読んで頂きたいと思います。また、この世代の方々はご両親が予防、早期発見のためにクリティカルな60代に差し掛かる時期でもあります。この想いをタイトルに込めました。
さらに、本稿後半では、脳の健康管理に私たちの事業がどのように貢献できるのかを具体的に示します。
上記の記事では、「日本の脳ドックで蓄積された膨大な医療データが現代の人工知能分析と交わることで『宝の山』へと変貌した」と述べましたが、何が「宝の山」だったのか、にも触れます。
統計・学術的知見から導き出す新たな脳の健康管理のあり方
生命を脅かす主要因は脳以外の臓器の病気とされているが…
私たちの体の中で脳は最も大切な臓器と言っても異論は出ないと思います。その一方、死因ランキングを見てみますと脳血管疾患が4位となっていますが、年々減少する傾向にあります。また、血管疾患は脳の実質の病気というよりも、全身の血管系(循環器系)の疾患という側面もあります。
そうしてみますと、全身の臓器の中で、脳は他臓器よりも生命を脅かすような病気を引き起こしやすい、という事実はありません。これは脳が外界から物理的、科学的に固く守られていることに関連しているのかもしれません。
事実、私たちの定期健診で脳の機能や疾病の可能性を見る検査項目は通常含まれていません。健康を見るうえで、脳よりも見るべき臓器はたくさんある、ということと、脳はそれが固く守られているが故、検査を容易に行うことができない、といった複合的な要素があります。
健康寿命を左右するのは「脳の健康管理の巧拙」
その一方で、健康寿命のバロメーターとなる「介護要因」のランキングを見てみますと、2013年頃以降、認知症が第1位であり、第2位の脳血管疾患と合わせると脳の病気が全体の4~5割を占めています。2000年代に入ってからの認知症の伸びは顕著です。
私たちが生涯の健康維持を図る戦略に見直しが必要なのは明らかです。認知症が増えた一つの理由は、他臓器疾患の予防や治療法開発が進み寿命が延びた結果、脳の疾患が顕在化したという側面があるかもしれません。理由がどうであれ、今後の私たちの健康管理のターゲットが脳に移ったことは確かです。
認知症を生活習慣病と捉え直し、未病段階で予防する
今後の認知症対策を考えるうえで認識すべきこととして、近年の研究から「認知症は生活習慣病である」という知見が、積み重ねられつつあることがあります。有力な医学誌Lancetがその見解を発表しています。
過去に厚労省が出している報告書には認知症は生活習慣病には含まれておらず、世界的に見てもこれは新しく認められつつある知見です。
生活習慣病に共通することは、
発病まで長い時間がかかる
発病した時点で病状はかなり進行しており治癒が難しい
という点です。そのため、生活習慣病には、未病の段階での予防(一次予防と呼ばれます)が鍵となります。この一次予防を担っているのが健康診断です。
以上のことを考えると、未病の段階での脳の健康診断の大切さが浮き彫りになります。すなわち、認知症や脳の血管疾患を患う前に、その前兆を把握し、必要ならば生活習慣改善の介入を行う。特に、認知症には現在治療法がないことも鑑みると、予防は極めて重要です。
上記の説明・図表をご覧になった方は既にお察しかもしれませんが、認知症発症のリスクは長年の生活習慣・社会習慣の蓄積により左右されるので、30~40代(若年~中年)のうちにこの事実に向き合って行動を開始することは、一次予防に取って非常に需要なことなのです。
現状の課題
しかしながら、上述のとおり脳の健康診断が容易でないところに構造的問題があります。現状では、脳の健康状態は、認知症などの深刻な病気を発症するまでブラックボックスです。これは理想的な脳の健康管理を追求する上で大きな課題です。
ここで、株式会社エム創業の経緯を記した記事での宣言を引用します。
まさに、私たちは事業を通じてこのブラックボックスの課題解消を目指しているのです。
米国で著名な脳神経外科 Sanjay Gupta 博士の知見
上述の私たちの事業で目指す社会の中でも触れた「必要な予防行動」すなわち正しい脳の健康管理に向けて、実は皆様がすぐにでも実行できることがあります。米国の著名な脳神経外科のSanjay Gupta博士の知見を紹介している記事 “Dr. Sanjay Gupta Shared 9 Ways to Keep Your Brain Healthy” を引用しながら、その要諦を紹介します。
生活習慣が脳の状態を変える
このGupta博士の発言は三つの大切なことを指摘しています。
脳の健康は生活習慣に大きく影響されること
その事実が広く認知されていなかったこと
今まで私たちは脳の健康をしっかりと把握していなかったこと
です。
脳の健康管理における9つの提言
Gupta博士は今まで得られた知見をもとに9つの提言をしています。それについて要約したいと思います。
1) 運動の重要性
という意識を持つことが大切だと説いています。たとえば、仕事中でも一日中座っているのではなく、可能な限り立っているだけでも違いがある。博士のオフィスには椅子がないそうです。
2) いつでもトレーニングできる体制
少なくとも週に150分は運動に使うことを勧めています。
3) 歩いて、話して、愚痴をこぼす
一人でトレーニングするだけでなく、友人と話しながら散歩するのが効果的、ということのようです。「愚痴をこぼす」というのは、こぼす方か聞く方かによりストレス度合いが変わる気がしますが。
4) 集中力を高めるために、正しい栄養補給を行う
Gupta博士は「コグニティブ・デイ(生産的でいられる時間)」という概念を導入しています。
これは私個人も切実に感じる点です。年を取ると一日で生産的でいられる時間が減ってきます。認知症になるかならないかというのは確かに大きな問題ですが、それ以前にコグニティブ・デイをなるべく保つという前段階があるはずです。認知症にならなければ生産性のない生活でもいい、という人はあまりおられないと思います。
また、コグニティブ・デイを失った先に認知症があるという考え方もできます。そう考えると、コグニティブ・デイを最大限保つことができることをそれぞれ模索することが大切になります。その一つの要点としてGupta博士は血糖値コントロールを挙げています。それ以外にも食事の重要性を説いており、下記の食事を三つのリストに分けて紹介しています。
5) 個々の栄養素やサプリではなく、本物の食品を食べる
6) 食べるのではなく、飲む
7) 友達と過ごす時間を作る
実際に認知症患者の現場に従事されている医師の方の話を伺うと、いつまでも社交性を持つことの重要性をほとんどの方が力説されます。それほどに人としての社会性は認知症に重要なようです。もちろん、社会性を失うことが認知症の原因なのか、認知症になったことにより社会性を失ったのか、という点は難しい問題です。ただ、伴侶を失う、退職するというイベントから一気に認知症が進む例が多いことから、社会との結びつきを持つことの大切さは高いようです。
8) バブルメソッドを行う
9) 脳の健康を保つために、「生きがい」を大切にする
日本語の「生きがい (ikigai)」がここで紹介されるのは日本人として誇らしいところですが、何歳になっても生きがいを追い求めるのは、上記の7(社会性)、8(瞑想)ともつながる可能性が高いです。
この記事の最後に、Gupta博士は遺伝子の影響について論じています。早期発症型については遺伝子の影響が大きいことはすでに知られていますが、一般的な後発性のアルツハイマー病については、
と述べています。これはこの記事の冒頭でも紹介した最近の有力な医学誌Lancetによる見解とも一致した意見です。
認知症は生活習慣を正して予防する
Gupta博士の提言をまとめてみますと、認知症とは、私たちが日々の生活習慣を通して早い段階から予防的措置をとおして防いでいく病気であることが浮き彫りになります。そのために生活習慣を見直し、正すことが大切です。
予防行動のために脳の健康状態を定期的に把握する
脳ドック活用の可能性と課題
これと同様に大切なのは脳の健康状態を定期的に観察することです。予防行動への動機付けを強化するためにも、自分の脳の健康状態を客観的に把握することは重要なのです。そのための最も有力な方法の一つとして、脳MRIがあります。残念なことに脳MRIはコストがかかることから世界を見ても未病(病気になる前)の段階で一般的な健康診断に取り入れているところは稀です。その中でも日本には脳ドックという特有のシステムがあります。言い換えれば、日本は脳の健康状態を世界で最も高度に管理できるポテンシャルを有している国、ということになります
しかし、従来の脳ドックは、健康状態の管理よりも脳動脈瘤や脳腫瘍といった重篤な病気を早期発見(二次予防と呼びます)することに主眼が置かれていました。したがって、従来の脳ドックでは、重篤な病気の所見が付かないほとんどの受診者が「所見なし」という結果を受け取っています。未病段階とはそもそもの定義として病気を持っていない段階ですので、医師が診断しても病気はおろか健康状態についての示唆もあまり提示できないというわけです。
脳画像データの数値化技術と日本の脳ドックビッグデータの活用
この未病段階における健康状態の観察(一次予防)を行うには、
健康状態を数値化し
同世代の人と比較する
というステップが必要になります。例えば、年を取るにつれ上昇する血糖値や血圧は、それ自身が病気と判断される以前から観察が可能であるので、同世代と比較することにより、未病の段階で介入することの効果が知られています。
このアナロジーにおける「血糖値」「血圧」に相当する脳の健康状態の数値データを脳MRI画像から得ることができれば、これを一次予防に活用できる可能性があります。加えて、この数値データがビッグデータとして統計的に有意な数だけ得られれば、同世代の人との比較も可能になるのです。
私たちが日本の脳ドックとともに目指していること
私たち株式会社エムは、
脳MRI画像からの脳の健康状態の数値化技術
健常者の脳MRIビッグデータの解析に基づく世代別の健康状態数値分布
を有しています。これらに基づき、脳ドックの受診者に自分の脳の状態を正しく理解し、必要な予防行動をとるきっかけとなるような「確かな指標」を提供していくことを目指しています。
ここで、1は、私がジョンズホプキンス大学の研究を通じて人口知能により構築したものです。2の基礎となるビッグデータは、日本の脳ドックという世界でも稀有なシステムが蓄積したものです。
株式会社エム創業の経緯を記した記事で、「日本の脳ドックで蓄積された膨大な医療データが現代の人工知能分析と交わることで『宝の山』へと変貌した」と書きました。これは、当時1の技術を持っていた私が、欠けていた最大で最重要のピースであるビッグデータと出会った時の感動を表現したものなのです。
脳ドックを市民の脳疾患の予防拠点に
私は、脳ドックが「脳疾患の予防拠点」として、市民の皆様の脳の健康管理に役立てられるということに大きな可能性を感じています。医療機関の皆様とは、このような未来を一緒に目指していきたいと考えています。医療機関の皆様で当社の考え方・事業にご関心をお持ちの方におかれましては、是非こちらよりお問い合わせ頂けますと幸いです。