ジャックはどうして”Santa Fe"を追い求めたのか/ミュージカル『NEWSIES』観劇記録
ミュージカル『NEWSIES』が本当に素晴らしかった。
この作品の主題歌と言っても過言ではない”Santa Fe”。1幕はこの曲で始まり、この曲で終わる。『NEWSIES』といえばこの曲!と誰もが1度聴けば耳に残る名曲だ。
今回観劇していてふと思った。ジャックめちゃめちゃサンタフェ追い求めるやん。
あまりにも最初から最後までナチュラルに登場するし、曲中の1番盛り上がる箇所が「Santa Fe~!!!!!!!!」で済んでいるので、もうなんだか”そういう単語”として受け入れてしまっていたけど、そういえばそもそも地名だし、ジャックがそこに住んでいたわけではなく行ったこともない場所だし、最終的にジャックはニューヨークに残ることを選んでいるし。
この作品の中に登場するSanta Feはあくまでも概念であって実物ではない。ジャックはどうしてこんなにも、もはや執念かと思うくらいにサンタフェを追い求めていたのか。
Santa Feという場所は実際にアメリカ合衆国の中心部、ニューメキシコ州に存在する。スペイン語で「Santa=聖なる」「Fe=信仰」という意味を持つこの都市はアメリカ合衆国の中でも2番目に古い町で、礼拝堂や大聖堂をはじめとした美しい建造物が多数存在しており、世界中からアーティストの集まる芸術の街としても知られる。その異国情緒あふれる街並みは「アメリカの宝石」とも呼ばれているそう。
標高が高く、どこまでも続くように空が広がっているサンタフェの街並みの写真を観ていると、『NEWSIES』の舞台で描かれていたニューヨークの街並みとはまるで正反対だと感じる。ジャックの寝床は体を縮こまらせないといけないほどに小さく、ワールド社があるような都市中心部は「エレベーターボーイがいなければ街中が機能しない」ほどの高層ビルばかり。ジャックの絵に描かれている感化院では1つのベッドに青年が3人。
ジャックをはじめニュージー達はみな新聞を売り歩くその日暮らしで、親もいなければ住処もない。格好だって薄汚れていて決して清潔ではない。しかし♪新聞を売り歩こう(♪Carrying the Banner)や舞台上のニュージー達の様子では、そうした境遇を、諦めを、笑い飛ばしてやり過ごして楽しんでいるようにすら感じる。
彼等が欲しい物はきっと、綺麗な服とか毎日食べ物に困らず生きていけるだけの富とか家族とかそういうものではなく、「閉塞感・抑圧」から解放された世界なのではないだろうか。そして、他でもなくジャックが1番それを強く望んでいるように感じる。
ジャックは(他のニュージー達もきっと)まともに学校に通ったことが無い。ニュージーの中で唯一両親もいて家もあるデイヴィとの会話の中で彼等の知識の差というものは明らかに伝わってくる。きっとジャックにとってサンタフェは”ここではない遠く、「アメリカの宝石」と呼ばれるほどに美しく広大な都市”というような、”イメージ的な部分”で憧れを抱いているだけで、キャサリンが言っていた「若者よ西部へ行け、と言ったホレスグリーリーも結局ニューヨークに帰ってきた」という現実的な話は知らないし見えていなかったのではないだろうか。
ある意味ジャックは、どのような場所なのか詳しくは知らないサンタフェという場所こそが今の自分が欲しくてたまらない”抑圧から解放された世界”だと信じ憧れを膨らませることで、貧困や閉塞感といった自分が置かれた境遇を必死に耐えているようにも見える。
ではなぜジャックは物語の最後、ニューヨークに残ることを選んだのか。
この話をするうえで、今回の舞台で使用されていた舞台美術・舞台装置に触れたい。
多くの場面で登場するニュージースクエアでは両脇の建物やそびえたつ壁、ジャックの隠れ家の場面では周囲の建物や煙突のような物、こうした登場人物以外のものが遠近法的に大きく見えるように置かれているように思えた。特にニュージースクエアは基本的に(階段などを除き)ニュージーたちが立つ舞台面に高低差は無く、広いスペースを活用する。彼等の身長に比べると、周囲の建物の壁やワールド社の扉はまるでそびえたっているかのように大きく、視覚的に「閉塞感」を感じる。
一方で1幕ラスト、ジャックが♪サンタフェ(♪Santa Fe)を歌う場面、ジャックの隠れ家が大きく高く客席側にせり出す。同時に後方の煙突(?寝床の壁部分の丸い柱のようなもの)は下に下がる。それまでずっと視覚的に存在していた「閉塞感」というものが全て取り払われたかのように見えるこの曲の演出は、自分や自分の置かれた境遇への怒りをぶつける一方で、変わらず彼の胸の中にありつづける「サンタフェへの憧れ」が見える。
これと同じ演出がもう一度だけ登場する。キャサリンとのデュエット、♪信じられるもの(♪Something to believe in)である。
キャサリンに出会うまで、新聞売りとしてその日暮らしのジャックにとっての「信じられるもの」は、自分の胸の中で描き続けたサンタフェへの憧れだけだったのかもしれない。彼女と出会ったことで、彼のサンタフェへの憧れが消えたとは到底思わないが、彼女との出会い・彼女という存在は「サンタフェ」という漠然としたものよりもはるかに確かな彼の心の拠り所になったのだろう。
と、こんな事実かどうかもわからないような考えを思いめぐらせてしまうほどには役者の演技、ダンス、歌、舞台美術、どれを取っても印象に残る舞台であった。
ブロードウェイミュージカル『ニュージーズ』
日生劇場/2024年10月9日~29日
兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール/11月3日~4日
福岡サンパレスホテル&ホール/11月9日~11日
出演:岩﨑大昇、星風まどか、加藤清史郎、横山賀三、霧矢大夢、石川禅、ほか