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それぞれの光/ミュージカル『next to normal』観劇記録

2024年の観劇納めにN2Nを観た。
双極性障害を患う妻、その妻を愛し献身的に支える夫、母親の愛情を一身に受ける息子、なんでも器用にこなすけれど寂しさを抱える妹。

正直、観劇納めの作品にするにはあまりにも重たいテーマだったかもしれない。ラストで歌われる『Light』は全てを明るさで打ち消すような晴れやかな曲調だけれど、この家族はこれから本当に幸せになれるのだろうかというほんの少しの不安な気持ちは頭の片隅に残り続ける。妻ダイアナは息子がいない現実に向き合うために1人家を出た。たとえ幻覚であったとしてもゲイブという存在にすがって生きてきた彼女が果たして息子のいない現実にたった1人で向き合うことが出来るのだろうか。夫ダンは一途に妻を愛していたが、愛ゆえに悲しい現実から目を反らそうとかけがえのない宝物であったはずの息子の存在でさえ無自覚に”無かったもの”にしてしまっていた。最後、ダンはゲイブの存在に気が付いてしまう。無かったことにしていた過去に向き合う前向きな描写のようにも見えるし、ダイアナを失った彼の心の虚無を埋める存在としてかつての妻のように息子の幻覚にすがらないと生きていけない不穏な未来の暗示にも見える。母親に見てもらえない寂しさと、いつか自分も母親のようになるのではないかという不安に苦しむナタリーを全て受け入れ支えることを約束するヘンリー。この2人の構図はナタリーの両親にも重なる。病気に苦しむダイアナを18年もの間献身的に支えてきたダン、しかし結局ダイアナの病気が良くなることはなく、この2人は(一時的かもしれないけれど)別々の道を歩むことになってしまった。ナタリーはこの先どのような人生を歩むことになるのか、ヘンリーという存在がいたとしても不安を消し去ることはできない。

物語に登場する全員がこうした不安を抱えながらも、いつになるかわからない幸せで穏やかな日々のために歩き出す。そんな”未来に差し込むはずの光”を信じて歌うのが『Light』である。"Knowing that the darkest skies will someday see the sun. When our long night is done there will be light, there will be light."と歌うこの曲は「いつか必ず良くなる」と確証を与えているのではなく、「いつか必ず良くなる、だから今は前を向いて歩くしかない」と、それぞれが自分自身に必死に言い聞かせているかのようにも思える。

ミュージカルでよくある、「大団円!」な終わり方の作品では決してない。だから趣味として、娯楽として観るには重すぎる作品である。しかし、ミュージカルという照明や音楽によって華やかに彩られた世界で描かれるN2Nの中の彼らはあまりにも客席の私達に近く、リアルで、鋭い。リアルだからこそ、そんな境遇にいる彼らですら希望を信じて踏み出すという結末はある意味観客の私達にとって救いである。光はすぐに差し込むものかもしれないし、ずっと暗闇の中をさまようことになるかもしれない。どんな未来になるかはわからないけれど、歩き出さない限り何も変わらない。

ダイアナ、ダン、ゲイブ、ナタリー、ヘンリー、彼らがこの先どんな人生を歩むのか不安が消えるわけではなけれど、私達だって彼らのように歩いていくべきだよね、と、2024年の最後に少しの勇気を貰う作品であった。


ミュージカル『ネクスト・トゥ・ノーマル(next to normal)』
シアタークリエ/2024年12月6日~30日
博多座/1月5日~7日
兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール/1月11日~13日
出演:望海風斗、甲斐翔真、渡辺大輔、小向なる、吉高志音、中河内雅貴

『next to normal』公式HPより(https://www.tohostage.com/ntn/)


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