ひび割れた鏡
「脳内で花火を打ち上げませんか?限りなく澄み渡った、あなただけの特別な空間で、大輪の光の花を咲かせませんか?」
街を歩いていて眼に入る広告すべてが、私にそう呼び掛けながら、蜘蛛の巣のように心に絡みついてくる、あわてて眼をそらす。それでも光の輪が飛び散るように開いた後の、重低音の余韻が心に響き渡る。花火大会の光と音の競演。花火職人が、観客の度肝を抜こうと、精魂込めて作り上げた花火玉。そんな見事な花火玉ではないが、時間とともに練られて形づくられて来た、私なりの花火玉。できればコンビニのレジ前の「人道救援」募金箱に入れて、そっと立ち去りたい、何か言われる前に。
一歩踏み出した自分を想像してみる。立ち去ろうとする私を呼び止める店員。「お客さんの善意を、苦しんでいる方に届けたい気持ちはわかりますが、受け取った方はどう思います?それにこれにどれだけの価値があるかは、実際に打ち上げてみないとわかりませんし。本当はお客さん自身も知りたいでしょう?どんな色、音、形の花火が打ちあがるのか?その時自分が、花火の中の光の一片となって夜空で舞い散るのか?その瞬間どんな気持ちになるのか?一緒に確かめてみませんか?」
真っ向から真剣勝負を挑まれ、頭が真っ白になる。細長い蛇が、私の両手首を背中で張り付かせ、そこから上半身を3周して締め付ける。蛇ににらまれて動けないカエル。蛇の毒腺で着衣が溶かされる。むき出しになった乳房の上下の皮膚から、両腕の外側の筋肉に適度に食い込んでくる感触で、蜜蝋で鞣された蛇革のような麻縄だとわかる。悩める魂から搾り取られた蜜蝋が、蛇革の鱗から肌にすり込まれていく。悩める魂に試練を与える、酸いも甘いも嚙み分けてきた教官の顔が心に浮かぶ、厳しい試練を受けて、歯を食いしばる修練生たちの顔とともに。私もその一人に選ばれた。この試練を受ける日程は、前々から決まっていたような気がする。人生の予定表から、その日程を先延ばしにしてきた、教官に本当の私を見せるのが怖かったから。
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