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『海に眠るダイヤモンド』5話 ~「一島一家」の夢と現実

炭鉱のための島、端島に掲げられた「一島一家」という美しいスローガンを冒頭にもってきたうえで、その実現を阻む労使闘争や、島の中の格差とそこに渦巻く憤懣、恋愛感情が絡んだ幼馴染み同士の微妙な関係を描き出し、主要人物が予期せぬ殺人を犯すラストまで、脚本が巧みすぎる‥‥!

そもそも、昭和の昔のストライキが地上波のドラマの中でここまで解像度高く描かれたことがあったでしょうか。

端島の労組は、会社(鷹羽鉱業)の組合と全国の炭鉱産業の組合、両方に属しており、それぞれの組合組織の上部からの通達でストライキを行う。
2つの組合は異なる通達を下すこともあり、現場の組合員(鉱員)たちは自分たちが思う通りの行動ができるわけではない。
会社側も同様で、ストライキへの対応は鷹羽本社からの通達に則っておこなっている。

また、「ストライキ」とは通常、労働の拒否・ボイコットを指すが、賃金が完全ストップするのは困る鉱員たちは、働きながら部分的に操業を止める「部分ストライキ」をおこなうのが普通だった。

ストライキをしている鉱員が「働かせろー!」と言い
ストライキをされている会社側が「帰れー!」と言う不思議。

しかもその応酬が、実の親子である一平(國村隼)・進平(斎藤工)と鉄平(神木隆之介)の間で行われたりとユーモラスに描かれもしていたが

自己責任の呪いを内面化させられた現代日本の労働者(視聴者)の目に
会社が施した封鎖を破っていく鉱員たちの荒々しい姿が映ったのは、とても大切なことなんじゃないでしょうか。

「環境を責めるより自分を変えよう」と聞き分け良くはない、抵抗精神にふるった、かつての日本の労働者たちの姿。

同時に、「有刺鉄線はやりすぎでは?」と提言する職員や、封鎖が破られる際に怪我をした鉄平を労わる鉱員の姿が描かれるのもポイント。

「一島一家」を掲げつつ、その内部には鉱員側(組合・労働者)と会社側(使用者)という対立があり、同時に、対立するポジションのどちらかに属しつつも、個々人は心が通い合っていたりする。

「自分は石炭を掘るだけ」と醒めた鉱員もいる。
構図を単純化せず、多様に展開されるスペクトラム。

一方で、人間の心はあたたかいばかりではない。

炭鉱長の息子、賢将への風当たりは強く、島内での悪口や嫌がらせがエスカレートし、ついには暴力沙汰に至るが、四面楚歌の彼をかばうのがベテラン鉱員の一平なのもおもしろい。

もともと一平は怜悧な炭鉱長に反感をもっていて、以前の回では
「あの家の子どもは(戦争中に)誰も死んでいない」
と憎悪に近いほどの非難も漏らしていたが、その子どもである賢将のことは昔から可愛がっていた。
今や立派な大人の年齢になっている賢将を、鉱員たちの中で彼だけは
「大人の事情に巻き込まれた子どもが大きくなった姿」として見ているのだ。

2つの労組の狭間で葛藤していた端島の組合は、片方の組合を抜けることにして、どちらに属するか全員で投票を行う。
多数決による採決ではあるものの民主的な方法がとられ、鉱員たちが団結の声を上げる裏で、博多から逃れてきたリナに危機が迫っていた。

新参の鉱員として働いていた小鉄は、実は博多の裏社会からさしむけれた刺客で、リナを見つけると手加減なしの暴力をふるう。
小鉄の殺意を見てとった進平は小鉄を射殺。

リナを守るための衝動とはいえ、拳銃の引き金をたやすく引く貌はおそろしかった。
18歳で徴兵され戦地を経験させられたという、進平のバックボーンを思わずにいられない。

「一島一家」を無邪気に夢見ていた鉄平は、労使闘争や賢将との葛藤を通じて、美しいスローガンが叫ばれるほどに、小さな声が拾われづらくなる現実を知る。

「それでもみんなが住みよい端島を目指したい」と鉄平が思いを新たにする傍らで、悪人だが、曲がりなりにも島の一員であった小鉄が兄によって呆気なく消され、その存在すら、島の人々は程なく忘れていくだろうという、うそ寒さ。

互いに愛する人を亡くした傷を負い、ギリギリで命をつなぐ現場に居合わせた進平とリナが激しく求め合うシーンの美しさにも破滅の香りがして、5話は不穏さが漂うラストだった。。。

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