なぜ離婚したのか⑮
ピンチに直面した時にとった旦那と義理の両親の態度から、不信感を感じ始めてから約1年後、義理の姉とその娘の態度で、私の不信感は嫌悪感に変わっていく。
義理の姉は結婚して他県に住んでいて、娘とともに一年に一回、春休みのころに帰省する。初めて彼女に会った時からいい印象はもともとなかったので、会うのは楽しみではないため、精神的なものなのか、彼女が帰省している週末は腹痛で、旦那の家に行くのも迷ったほどだった。
でも、義母からlineももらったし、行かねばと行ったその日が最悪だった。義母がその日昼食にチャーハンと餃子を出してくれた。すると、義理の姉が突然キレだす。
「昨日も餃子出したじゃん」
と。義母がうっかりしていたのは仕方がないが、そのあとの義理の姉、その娘、旦那の行動に驚愕した。3人とも全く餃子を食べないのだ。私一人が餃子を食べた。義理の姉がどんどんその後暴れだす。
「これだけじゃ足りない。ほかに食べるものはないのか。」
「この家は紅茶すらないのか」
など、耳を疑う内容ばかりだった。実家なので、素を出すのは仕方がない。でも、嫁の私もいるし、その態度を娘も見ている。ほしいものがないなら、自分で買いに行けばいいし、おかずの餃子を一口も食べないで、文句をいうくらいなら自分で何か作ればいい。そして、一番信じられないのが、義母が謝るだけで黙って餃子を片付け、一切子どもに対し、キレないところだった。
自分の家族なら、私と弟が「昨日と同じじゃん」と文句を言いながらも、孫も含めてみんなで餃子をちゃんと食べると思う。義理の姉のような態度をとれば、私の母は「じゃあ、自分で作れ!」と逆ギレするはずだ。
この出来事でカルチャーショックを感じ、義理の姉・旦那が大嫌いになり、かわいいと思っていた娘(義理の姪っ子)とも、もう会いたくないと思ってしまった。
そして、唯一大好きだった義理の母も、こういうわがままな子どもたちや孫を生み出したのは彼女のせいのような気がして、不信感が増した。この家には私が心を許せる共感できる人は誰一人といないことを確信してしまった。
一緒に住みたくない話を旦那にしたとき、この餃子事件が嫌だったこと彼に話したが、彼は一切このことを覚えていなかった。このような義理の母に対する失礼な態度はこの家族にとっては当たり前のことで、記憶にも残らないのだと痛感した。
あー、離婚してよかった!
続く