怒りに任せた発言にいいことは何一つない
今朝、偶然たかまつななさんのnoteが目に留まり読んで思ったことをまとめました。なお、私はクラブハウスを使っておりませんし、noteであげられているジェンダー論の話ではないので予めご承知ください。
感情で話してもいいことは何もない
感情のコントロールって難しい。誰だって咄嗟に言葉がでてしまうことはあると思う。驚きでも怒りでも悲しみでも。人間だから仕方がない。私は感情的な人間なので、感情にまかせた発言も多い。だから結果として誰かを傷つけてしまった経験はたくさんある。そして逆もしかり。たくさん傷つけられた経験もある。
だから思う。感情にまかせていうのは簡単だ。だから冷静に促す人も必要だよねと。そしてなるべく自分も発言するときは冷静に話さなければならないと思う。
怒りや悲しみは持って良い。私情を全く挟まないということは人間である限り無理だと思う。だけど、どんなときでもどうしたら相手に伝わるのか、という言葉選びはしたほうがいいのではないか。例えば今回あった怒りにまかせた発言が効果的な場面もある。私も取材のなかでそれを受け止めることもあった。でもそういう場面って限定的で、多くの場合は周囲にいた人を不愉快にするし、発言した人も不愉快になっていて後味が悪いことしかない。
私が感情的な人間で愚かだと思うけれど、何度もそういう経験をしたことがある。たとえそれが正しかったとしても、怒りにまかせた発言のせいでマイナスになってしまったということが。
言葉がきつくなってしまうこともあるかもしれないが、怒りをぶつけなくても、怒りを持ちながら話すことはできる。今、私はそちらへシフトしているのでできないことはないと思いたい。(それでも時には人間だからあるよ)
トーンポリシングとは
恥ずかしながらトーンポリシングについて知らなったので簡単に調べてみた。
トーン・ポリシング (英語: tone policing) とは、発生論の誤謬に基づいて人身攻撃を行ったり議論を拒否したりする行為である。発言の内容ではなく、それが発せられた口調や論調を非難することによって、発言の妥当性を損なう目的で行われる。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ビジネスITにシーン別に説明されているのでよかったらこちらも読んでいただければと思います。
ケースバイケースだと思いますが、相手がどんどん興奮してきて攻撃的になった時に、「いったん落ち着いて」「もうちょっと優しく話してほしいな」と声を掛けたらトーンポリシングなのでしょうか。(興奮状態の人にそういってもヒートアップしそうですが)
もし、「言葉がキツイ、黙れ」みたいなことを言ったり、「ヒステリックすぎて話にならない」とか言葉を投げて終わらせようとしたならそれはトーンポリシングなのかなぁと思う。
もし議論をしているときに、口調がきつくなってきたら、攻撃的だったら少し柔らかくしてほしいと思うのは自然ではないでしょうか。攻撃を全身で受けとめる義務は誰にもなく、その人の意思があってしかりだと思うのですね。もし、その攻撃的な言葉で自分が傷つくなら、話を終わらせようとするのも、それ以上傷が広げないようにまとめることもあるのかなぁと思う。
そしてその逆はどうなのだろうか?「それはトーンポリシングだ」と黙らせようとするのも「トーンポリシング」ですか?
「声をあげる女性について、口調を優しくしろというのはトーンポリシング(訴えの内容ではなく姿勢について指摘することは、結果的に声が出せなくなり抑圧になる)」
ご自身のことにおいて何かを訴えようとしている人に対し、落ち着けよということはあるかもしれませんが、黙らせるようなことを言わないと思うのですね。その辺ってみなさん空気を読んでケースバイケースで対応されていると思います。
トーンポリシングって相手を批判したり攻撃するために使われるようになっていたりしないでしょうか。
怒りで話しても紛糾する
怒りにまかせて話した人はそれで満足ですかね。私はですけど、言った後はたしかにスッキリしますよ。言ってやったと。でも、その時だけで、ずっと胸の中にもやもやとわだかまりみたいなものが残ります。だって怒りをぶつけたいのではなく、本質は自分の話を聞いてほしい、知ってほしい、共感してほしい、理解してほしいという気持ちにあるのではないでしょうか。
私は自分の気持ちをうまく伝えることができません。先に述べたように感情的な人間なので、思いつく言葉をバンバン並べてしまう方です。だからそうではなく、冷静に伝えようと思うとどうしても時間がかかってしまうし、言葉選びで止まってしまう。
だから、時には発言タイミングを失ってしまうこともある。でも、感情的に発言するときよりも、相手に伝わっていたり、うまく話し合えているなと思うことが増えた。冷静に話したほうが、相手の考えにまで思いをはせることができるからなのだと思う。
Twitter をはじめとしてSNSで気軽に発言できるけれど、それらが生まれる前と違って考えずに言葉にすることが増えてしまっている気がするなと感じる。私も間違いはたくさんするし、あまりよくない発言だったなと反省したりする。
発言する前に一瞬でも自分の言葉がどのように伝わるのかということを考えることを忘れないようにしたいと思う。