カスタマーハラスメントに立ち向かう。カスハラと他のハラスメントの同じところ、違うところ
こんにちは、非営利組織とコンプライアンス研究会の代表世話人を務める弁護士・塙 創平(はなわ そうへい)です。
前回の記事までは、組織内でのハラスメント対応について、事例を交えながら一般的な話をしてきました。
今回は、外部から受けるハラスメントであり、組織的な対応が必要なカスタマーハラスメントをとりあげようと思います。
カスタマーハラスメント。略してカスハラ。
2024年、最も注目株のハラスメントなので、もう少し落ち着いてから論及したいところですが、カスハラについて検討することで、他のハラスメントの理解も深まることに気づきました。そこで、今回は、そういった視点でお話しようと思います。
カスタマーハラスメントとは
厚生労働省は、カスハラについて以下のように定義しています。
率直に、わかりにくい表現が並ぶ中で「カスハラとは、出発点にクレームがある」と誤解を招きかねない文章だなと感じました(苦笑)。
特に事業主は、クレームとカスハラ行為は全くの別物であると捉えなくてはなりません。「カスハラ行為の一定の時点までは、正当性がある」と、誤解してはなりません。
カスハラが(残念なことに)よく登場する鉄道を例に、考えてみましょう。
酔っ払い迷惑行為をする乗客が、注意をした駅員に暴力・暴言を吐いた
→クレームは全く関係ありません。ただのカスハラ(というより犯罪)です。人身事故で電車が遅延し、会社に遅刻した
→「なんで電車が遅れるんだ!」というクレーム自体に正当性がありません。駅員さんに言っても仕方がありませんから。つまり、ただのカスハラです。「謝り方がなっていない!」と怒る方もいますが、そもそも電車が遅れたこと自体、目の前の駅員さんのせいではありませんから、やはりカスハラです。窓口で購入した切符の日付が間違っていたことに、後日気づいた
→ようやくクレームになりそうな事例ですね(その場でちゃんと確認しようという指摘はさておき)。
ただし、ここでの正しいクレームの入れ方は「切符の日付が間違えていることに気づいたので、変更して欲しい」です。これで全てです。
「新しい切符を家まで持って来い」や「切符代を無料にしろ」は無茶な要求であり、カスハラになります。
この時、特に事業主をはじめとした周囲が気をつけたいのが、「切符を間違えて発券したこと」によるクレームをカスハラの出発点としてしまうと、カスハラ被害を受けた従業員は、「私も悪かったんです…」と被害申告をする心理的障壁に阻まれ、身動きがつかなくなる、ということです。
ミスは誰にでもあります。
ミスをした人に対してハラスメントをしても良いなんてことはありえません。人をいじめていい理由がないのと同じです。
ですから事業主は、「切符の発券間違い」に対してはお客様に謝罪をしますが、それ以上のカスハラ行為に対しては、毅然として従業員を守る姿勢が必要です。従業員に対しても、ミスの再発防止を注意喚起するのはもちろん必要なことですが、ミス自体を執拗に責めることは新たなパワハラとなりえます。繰り返しますが、ミスは誰にでもあるからです。
このように、事業主側がクレームとカスハラを別物として考えないと、顧客への対応がこじれるだけでなく、従業員からの信頼を失います。くれぐれも気をつけましょう。
話を厚生労働省の定義に戻すと、単純に、「取引相手の言動で、『必要かつ相当な範囲を超えた』ものをカスハラと呼ぶ、カスハラは許さない!」だけでよいでしょう。繰り返しますが、もともとハラスメントは、事象(結果)ですから、元々クレームだったかどうかは関係ないのです。
続いて、東京都は現時点で、カスハラを以下のように定義しています。
「迷惑行為」という評価文言が入っていますが、実は「迷惑」もまた定義がしにくい言葉なのです。
したがってこの場合は、「迷惑」よりも「必要かつ相当な範囲を超えた」の方がいいでしょう。
もし私が、パワハラの定義やマタハラの法律上の定義に照らし、カスハラを定義するなら、以下のようにします。
ざっくりいうと、「職場で、取引先(顧客等)が、取引があることを利用して、自社の従業員に対して通常の取引以上の要求をすることで、自社の従業員がすこやかに働けなくなる」ということです。だいぶわかりやすくなりますよね。
カスハラと他のハラスメントの共通点
カスハラと他のハラスメントの共通点は、まず、「その雇用する労働者の就業環境が害されること」。
いつもいっているとおり、ハラスメントにおいては、従業員がすこやかに働けなくなることが問題点なわけです。
次に、「必要かつ相当な範囲を超えたもの」であること。
社会通念上相当なものであれば、ハラスメントにはならないわけです。当然です。
カスハラの判断基準には、いつもお伝えしている「ハラスメントの第2の視点」の「問題行動判断の4段階基準」が通用する点も一緒です。
「このカスハラはなぜ起きたの?」なんてところから、検討してはいけません。従業員がやられた行為(言動)が、刑事事件にあたるか(カスハラは、暴行罪、強要罪、脅迫罪などの検討が必要です。)、民事事件にあたるかなど、「行為そのものを客観的に」判断しましょう。
仮に違法でなくても、不当ではないかを順に検討する必要がありますし、カスタマーハラスメント対応方針(行動指針、対応指針)がある場合には、ここで定めるカスハラにあたるかどうかも検討する必要があります。
いずれにしても、上から順に検討しましょう。カスハラだからといって、いつもと違うことをする必要はないのです。
くれぐれも一人で抱えちゃだめ。組織の課題として対応する点も他のハラスメントと一緒です。
カスハラが他のハラスメントと違うところ
カスハラが、他のハラスメントと最も大きく異なる点は、社内(狭義の職場)にとどまらない点です。一般的には、パワハラも、セクハラも、マタハラも、社内(狭義の職場)にとどまるものとして受けとめられてきました。
「職場」とあるので、同じ事業主に雇用されている従業員間でしか、ハラスメント(パワハラ、セクハラ又はマタハラなど)は成立しないと考えてしまいがちですが、単純に労働者の「就業環境」のある場を職場と呼んでいるだけですから、実は、必ずしもそうではありません。
現に、パワハラもセクハラもマタハラも、従業員間に限らず、ボランティアとの間でも起こりうるし、場合によっては受益者との間でも起こりうるということは、非営利組織のハラスメントを学んできたみなさんであれば容易に想像できると思います。
このように考えると、カスハラはパワハラの一類型と評価することもできると思います。
ただし、社内(の加害者)を中心に対策するパワハラ・セクハラ・マタハラと異なり、カスハラは社外(の加害者)を対策することになります。したがって、すこやかに働ける職場づくりの為の施策は、これまでと異なるアプローチを要します。
というのも、カスハラの怖いところは、顧客(利用者)に傷つけられた従業員が、従業員を守らない事業主によってさらに傷つけられることがあるという点にもあります。
カスハラから従業員を守るどころか、さらに追い詰める上述のような言動は、これこそパワハラです。事業主のみなさまは気をつけましょう。
最近になり、ようやく一般企業では、カスハラから従業員を守る動きが盛んになってきました。しかし、特に、対人援助をおこなう非営利組織では、対象者に「寄り添う」ことをミッションとして掲げている場合も多く、ある場面では「寄り添い」と「カスハラ」の境界線が曖昧ともなりやすく、認知や対策が非常に難しいのも事実です。
利用者中心は大切ですが、組織にとって従業員もまた、なくてはならない存在です。少なくとも、事業主はそのことをしっかり意識しておきましょう。
カスタマーハラスメントのまとめ
「カスタマーハラスメントにどう臨むか」と考えると大変ですが、本質は他のハラスメントと一緒、ということがおわかり頂けたでしょうか。
ただ、カスタマーハラスメントを防止する施策は、これまでのハラスメントとは異なるアプローチを要します。
そこで、次回は、ハラスメントを防止する施策について、パワハラ・セクハラ・マタハラに加えカスハラも含めてご紹介し、ハラスメントの総決算とすることにしましょう。お楽しみに。