わずかに微笑んでいるかのように見えた。映画「薄氷の殺人」を見る(※ネタバレあり)。
1.天然氷の採取
先日「国境ナイトクルージング」を見た。冒頭、舞台となった延吉の天然氷の切り出し風景が描かれる。池に張った氷の縁に立ち、のこぎりで一定の大きさに切り取る。水の中を移動させ、コンベアで引き上げる。足元を切り、後退していくので、作業者は池に落ちる危険がある。そのため体にロープを巻き、その端を後ろに立つ別の作業員に握らせ、万一に備える。寒冷地だからこそできる天然氷の製造方法である。
そして同じ中国北部を舞台とした、サスペンス映画を思い出した。
英語のタイトルが「Black Coal,Thin Ice」。石炭と氷が、死体の隠蔽、運搬、そして捜査のかく乱に使われる。「Thin Ice」は英語で「危険な橋を渡る。」などの意味を持たせて使われるようだ。まあ日本語にも「薄氷を踏む。」という同じ意味の言い回しがあるものね。
2.ストーリー
邦題「薄氷の殺人」は2014年公開された中国映画である。監督はディアオ・イーナン。同年のベルリン国際映画祭で、金熊賞(最優秀作品賞)と銀熊賞(最優秀男優賞)を獲得した。
3.鮮烈なシーン
息をのむ鮮烈なシーンがある。
ひとつは容疑者の兄弟がいた美容院のシーン。刑事たちが乗り込み、抵抗にあうが確保する。ほっとしたのか、のんびりと冗談をかわす。上着を押収しようとしたとき、拳銃がこぼれ落ち、容疑者の手に渡る。いきなり銃撃戦が始まり、刑事と容疑者あわせて4人が死に、ジャンも重傷を負う。だれきった雰囲気が一転に緊張に変わる。やはり映画は緩急だ。
もうひとつのシーン。重傷を負ったジャンは退院し、同僚の車に乗る。季節は夏だ。トンネルを通る。出口に向かうとそこでは、雪が降りしきり、あたりをすっかり覆いつくしている。道路わきにバイクが停まり、男が倒れこんでいる。原付バイクの男が近づき、倒れている男のヘルメットを取ると、酒に酔いつぶれたジャンである。テロップで2004年と示される。1999年から5年間の時間の経過と、刑事から警備員になったジャンの素行の変化、さらに夏から冬へ季節が移り替わったことさえ、一瞬のうちに提示するのだ。
さらにひとつのシーン。被害者の妻、ウーの登場のシーンである。1999年のシーンでは、顔を覆って泣いていた。また遠くからのショットもあったが、顔はよく見えない。2004年、新たな殺人事件に関わる女性として、ジャンが接触しようとする。勤めるクリーニング店に入ると、振り返り初めて顔を見せる。美しさと、妖しさと、はかなさを漂わせて、ドラマの急展開を予感させる。
演じているのはグイ・ルンメイ。台湾映画の「藍色夏恋」に出演していた。瑞々しい演技を思い出す。
4.捜査に首を突っ込む
ジャンは徹底して駄目な男として描かれる。
冒頭、離婚する妻と最後の逢瀬を遂げる。列車に乗り別れを告げようとする彼女に未練が残り、腕をつかんで離そうとしない。最後は彼女に突き飛ばされる。
離婚直後で、事件の捜査にも身が入らない。
銃撃戦ではテンパってしまい、拳銃を抜くのに手間取り、同僚を二人失ってしまう。ようやく兄弟を撃つが、他の刑事に発砲しようとしたり、挙句は銃弾を受け、重傷を負う、
警備員となってからは、酒浸りで、自堕落な生活を送る。二日酔い、遅刻が状態となっている。
昇格した元同僚と会い、新たな殺人事件が起きていることを知り、操作に首を突っ込む。手柄を立て、生活を改めることを動機として。
5.真相
ジャンがウーに接触すると、男の影が見え隠れする。ジャンはウーの夫が生きていると確信する。その間に、今度は刑事が殺される。切り出し氷の運搬車に死体を隠して運び、通過中の貨車に落として運ばせる。
刑事たちは、ウーの夫をおびき寄せ射殺する。1999年のバラバラ死体は夫が強盗に入った先の住民だった。自分が死んだことにして犯罪を隠ぺいしたが、自分の居場所がなくなってしまった。ウーは告白する。
トラックは積み込んだ石炭の重量を計るため、計量器を必ず通る。計量所の職員であるため、死体の各部を紛れ込ませ、各地の工場に送り出すことができた。
事件は解決されたかに見える。
しかしジャンは疑問を持って、なおもウーに迫る。
クリーニング店に持ち込んだコートが毀損された、と執拗に文句をつける男がいた。
弁償、さらに体まで求めてくるその男を殺し、夫が死体を始末した。
それが真相だった。
ウーは逮捕され、ジャンは刑事たちに感謝される。
ジャンは、事件を解決した高揚感に酔う。
6.白昼の花火
晴れた日の午後、ウーを乗せた護送車が検証のため事件現場となったアパートに着く。近くのビルの屋上から大量の花火が打ちあげられ、それが延々と続き、さらにエスカレートする。誰が打ち上げているかわからない。けど明らかだ。
刑事が警告し、消防車やはしご車が出動する騒ぎとなる。
映画の原題は「白日焰火」、白昼の花火という意味である。また最初の殺人事件の被害者がオーナーであったナイトクラブの店名でもあった。
7.ジャンのことを考える
いくら駄目な男でも、一時の高揚感から覚めてしまうと、自分の承認欲求のために、彼女を犠牲にしたと、自責の念に駆られることがあるかもしれない。自分が心惹かれた女性でもある。
その罪現場検証にあわせて花火を打ち上げたのではないか。謝罪の意を示すため。
8.ウーのことを考える
過剰防衛だった最初の事件は、情状酌量の余地があるはずなのだが、隠蔽してしまった。
居場所を失った夫が影となって、自分の周囲に身を潜めている。
守られているのか、監視されているのか。
夫に申し訳ないと思う気持ちと、近づく男たちが殺される恐怖。
いついかなる時、氷が割れ、突然、最後を迎えるかもしれない。
これまで生きてきた彼女の人生そのものが、薄氷を踏むようなものだった。
9.わずかに微笑む
護送車に戻ったウーは穏やかな顔をしている。わずかに微笑んでいるかのようにもみえる。
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