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わずかに微笑んでいるかのように見えた。映画「薄氷の殺人」を見る(※ネタバレあり)。

目次
1.天然氷の採取
2.ストーリー
3.鮮烈なシーン
4.捜査に首を突っ込む
5.真相
6.白昼の花火
7.ジャンのことを考える
8.ウーのことを考える
9.わずかに微笑む

1.天然氷の採取


先日「国境ナイトクルージング」を見た。冒頭、舞台となった延吉の天然氷の切り出し風景が描かれる。池に張った氷の縁に立ち、のこぎりで一定の大きさに切り取る。水の中を移動させ、コンベアで引き上げる。足元を切り、後退していくので、作業者は池に落ちる危険がある。そのため体にロープを巻き、その端を後ろに立つ別の作業員に握らせ、万一に備える。寒冷地だからこそできる天然氷の製造方法である。
そして同じ中国北部を舞台とした、サスペンス映画を思い出した。
 
英語のタイトルが「Black Coal,Thin Ice」。石炭と氷が、死体の隠蔽、運搬、そして捜査のかく乱に使われる。「Thin Ice」は英語で「危険な橋を渡る。」などの意味を持たせて使われるようだ。まあ日本語にも「薄氷を踏む。」という同じ意味の言い回しがあるものね。



 

2.ストーリー


邦題「薄氷の殺人」は2014年公開された中国映画である。監督はディアオ・イーナン。同年のベルリン国際映画祭で、金熊賞(最優秀作品賞)と銀熊賞(最優秀男優賞)を獲得した。

物語は1999年、中国の華北地方で発生したバラバラ殺人の謎をめぐって展開していく。ひとりの男の切り刻まれた死体の断片が、6つの都市にまたがる15ヵ所の石炭工場で次々と発見されるという世にも奇怪な事件。

(配給元ブロードメディア(株)公式HPより)

3.鮮烈なシーン


息をのむ鮮烈なシーンがある。
ひとつは容疑者の兄弟がいた美容院のシーン。刑事たちが乗り込み、抵抗にあうが確保する。ほっとしたのか、のんびりと冗談をかわす。上着を押収しようとしたとき、拳銃がこぼれ落ち、容疑者の手に渡る。いきなり銃撃戦が始まり、刑事と容疑者あわせて4人が死に、ジャンも重傷を負う。だれきった雰囲気が一転に緊張に変わる。やはり映画は緩急だ。

 そして2004年、しがない警備員となったジャンは、5年前と似た手口のふたつの殺人事件を警察が追っていることを知り、独自の調査に乗り出す。

(配給元ブロードメディア(株)公式HPより)

もうひとつのシーン。重傷を負ったジャンは退院し、同僚の車に乗る。季節は夏だ。トンネルを通る。出口に向かうとそこでは、雪が降りしきり、あたりをすっかり覆いつくしている。道路わきにバイクが停まり、男が倒れこんでいる。原付バイクの男が近づき、倒れている男のヘルメットを取ると、酒に酔いつぶれたジャンである。テロップで2004年と示される。1999年から5年間の時間の経過と、刑事から警備員になったジャンの素行の変化、さらに夏から冬へ季節が移り替わったことさえ、一瞬のうちに提示するのだ。

被害者たちは殺される直前、いずれも若く美しいウーという未亡人と親密な仲だった。それは単なる偶然なのか、それともウーは男を破滅に導く悪女なのか。そしてジャンもまた、はからずもウーに心を奪われていく……。

(配給元ブロードメディア(株)公式HPより)

さらにひとつのシーン。被害者の妻、ウーの登場のシーンである。1999年のシーンでは、顔を覆って泣いていた。また遠くからのショットもあったが、顔はよく見えない。2004年、新たな殺人事件に関わる女性として、ジャンが接触しようとする。勤めるクリーニング店に入ると、振り返り初めて顔を見せる。美しさと、妖しさと、はかなさを漂わせて、ドラマの急展開を予感させる。
 
演じているのはグイ・ルンメイ。台湾映画の「藍色夏恋」に出演していた。瑞々しい演技を思い出す。



 

4.捜査に首を突っ込む


ジャンは徹底して駄目な男として描かれる。
冒頭、離婚する妻と最後の逢瀬を遂げる。列車に乗り別れを告げようとする彼女に未練が残り、腕をつかんで離そうとしない。最後は彼女に突き飛ばされる。
離婚直後で、事件の捜査にも身が入らない。
銃撃戦ではテンパってしまい、拳銃を抜くのに手間取り、同僚を二人失ってしまう。ようやく兄弟を撃つが、他の刑事に発砲しようとしたり、挙句は銃弾を受け、重傷を負う、
警備員となってからは、酒浸りで、自堕落な生活を送る。二日酔い、遅刻が状態となっている。
昇格した元同僚と会い、新たな殺人事件が起きていることを知り、操作に首を突っ込む。手柄を立て、生活を改めることを動機として。

5.真相


ジャンがウーに接触すると、男の影が見え隠れする。ジャンはウーの夫が生きていると確信する。その間に、今度は刑事が殺される。切り出し氷の運搬車に死体を隠して運び、通過中の貨車に落として運ばせる。
刑事たちは、ウーの夫をおびき寄せ射殺する。1999年のバラバラ死体は夫が強盗に入った先の住民だった。自分が死んだことにして犯罪を隠ぺいしたが、自分の居場所がなくなってしまった。ウーは告白する。
トラックは積み込んだ石炭の重量を計るため、計量器を必ず通る。計量所の職員であるため、死体の各部を紛れ込ませ、各地の工場に送り出すことができた。
事件は解決されたかに見える。
 
しかしジャンは疑問を持って、なおもウーに迫る。
クリーニング店に持ち込んだコートが毀損された、と執拗に文句をつける男がいた。
弁償、さらに体まで求めてくるその男を殺し、夫が死体を始末した。
それが真相だった。
 
ウーは逮捕され、ジャンは刑事たちに感謝される。
ジャンは、事件を解決した高揚感に酔う。

6.白昼の花火


晴れた日の午後、ウーを乗せた護送車が検証のため事件現場となったアパートに着く。近くのビルの屋上から大量の花火が打ちあげられ、それが延々と続き、さらにエスカレートする。誰が打ち上げているかわからない。けど明らかだ。
 
刑事が警告し、消防車やはしご車が出動する騒ぎとなる。
 
映画の原題は「白日焰火」、白昼の花火という意味である。また最初の殺人事件の被害者がオーナーであったナイトクラブの店名でもあった。



 

7.ジャンのことを考える

 
いくら駄目な男でも、一時の高揚感から覚めてしまうと、自分の承認欲求のために、彼女を犠牲にしたと、自責の念に駆られることがあるかもしれない。自分が心惹かれた女性でもある。
その罪現場検証にあわせて花火を打ち上げたのではないか。謝罪の意を示すため。
 

8.ウーのことを考える


過剰防衛だった最初の事件は、情状酌量の余地があるはずなのだが、隠蔽してしまった。
居場所を失った夫が影となって、自分の周囲に身を潜めている。
守られているのか、監視されているのか。
夫に申し訳ないと思う気持ちと、近づく男たちが殺される恐怖。
 
いついかなる時、氷が割れ、突然、最後を迎えるかもしれない。
これまで生きてきた彼女の人生そのものが、薄氷を踏むようなものだった。
 

9.わずかに微笑む


護送車に戻ったウーは穏やかな顔をしている。わずかに微笑んでいるかのようにもみえる。
 


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