【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #11】マーマレード(1/4)
マーマレードと階級
数年前の、ほんの数年前の『デイリー・メイル』紙の記事にこうある。自分がどんな階級に属しているか、誰がどんな階級に属しているか、もはや自覚することすら困難なこの階級意識を、丁寧にも明らかにしてくれる食材としてマーマレードが選ばれているのだ。
ここで言われているマーマレードとは、「セヴィル・オレンジ」(ビター・オレンジとも呼ばれる)を使ったマーマレードである。1874年にオクスフォードに住んでいたサラ・ジェーン・クーパーなるご婦人が、果肉は苦いが皮の香りがよいセヴィル・オレンジを使ってマーマレードを作り、売り出したところ大変評判になり、という物語ができて以来、イギリスでマーマレードといえば「セヴィル・オレンジのマーマレード」と相場が決まっているからだ。オクスフォード・マーマレードのたぐいはイギリス以外では見たためしがないと、ジョージー・オーウェルも書いている(「イギリス料理の弁護」『一杯のおいしい紅茶』所収)。
しかし、わたしたちは知っている。マーマレードは何もイギリスの専有物でもなければ、人間の専有物でもないことを。「暗黒地」ペルーからやってきたクマのパディントンは、ルーシーおばさんが作って持たせてくれたマーマレードの瓶をトランクに忍ばせて、パディントン駅にたどり着いたからだ。2017年に世を去ったマイケル・ボンドが創作したこのトラブル・メーカーのクマは、なぜマーマレードをもっていたのだろうか。もはや誰もそんなことに気に留めやしない。気に留めないどころかこのクマは、マーマレード・サンドウィッチの楽しみを在位70年を迎えた女王陛下と共有できるまでになった。
一方で種を超えたアイテムとなり、他方で未だに階級を示す象徴としても考えられるマーマレード。オレンジを果肉や皮ごとジュースとともに砂糖で煮詰めたこの食べ物の、何がそんなに特別なのだろうか。
いや、特別ではない。特別ではないということが重要なのだ。冒頭の新聞の引用を思い出してほしい。マーマレードのどの種類を選ぶのかによって階級がわかると言っているのであって、上流階級も下層階級もマーマレードを食べていることに変わりはない。誰でも食べるのである。イギリス人みんなが食べる、マーマレード。貴族も資本家も労働者も、イギリス人であればみんな食べる。
だからこそ、女王はハンドバッグの中にマーマレード・サンドウィッチを忍ばせておいたのだ。「私もまた、あなた方イギリス国民と一緒でマーマレードが好きなんですよ」とでも言うように。
(続く)
オレンジ・マーマレードのレシピ
材料
作り方
①オレンジを洗い、天地をたて半分に切り皮と房に取り分ける。
②沸騰したお湯に皮を入れて数分ほど湯がいてから、薄くスライスする。
③房を「内皮・種」と「果肉」に分けて、それぞれボールに入れておく。
④「内皮・種」を手鍋に入れひたひたに水を加えペクチン液を作る。弱火で30分ほど、適宜水を加えながらとろみが出るまで煮詰める。
⑤ペクチン液をこし布で濾す(ペクチン液を布で包み2枚のお皿で挟み込むと、しっかり濾せる)。
⑥濾したペクチン液と、スライスした皮の合計重量を計り、その70%の砂糖を用意する。
⑦大きめの鍋に皮、ペクチン液、果肉を入れ、砂糖の半量を加えて中火にかけアクを取りながら10分ほど煮る。
⑧残りの砂糖を加えさらに10分ほど皮が黄金色に透き通るまで煮る。煮汁をヘラでなぞって跡ができるぐらいが目安。
⑨熱いうちに保存用の瓶に移す。
*次回配信は3月17日の予定です。
The Comonner's Kitchen(コモナーズキッチン)