「答えないよ」って、言いたい。
質問攻めにされると、傷つく。
数年前からときどき、そういう時に咄嗟に声が出なくて、どうしてかすごく泣きたくて、でもその人の前でこそ泣きたくなくて、心が欠けて異様に悲しい、そういう感覚はあったけど、あれは傷ついていたんだなと最近わかった。
いちいち、質問してもいいですか?って言わない。特に友人関係だと。私だって、たくさん質問する方だと思う。最近なにしてた?彼氏とはどうなの。えー、転職したんだ。次はなんの会社?あの映画どうだった?・・
それは私の、相手に対する関心で、その人の毎日や、見てる世界を少し私にも見せて欲しいという好意。正直な人間だから、質問の数と、相手への興味は私の場合、綺麗に比例する。
初めての土地で、楽しかった旅行中、酔っ払った友人が矢継ぎ早に言葉を放ってきた。「愛ってなんだと思いますか」「生きるってどういうことか考えたことある?」「ウイグルの問題どう思う?」
酔っ払いの、明日には忘れてしまうような質問に、真剣に頭を悩ませてしまう自分にも呆れてしまうけど、それでもやっぱり、私は考えてしまう。そして、でもその起点にいる人間が別に答えを求めてもいないということにも、もっと何か、私の言葉を待つ気のないような急いた態度に気圧されて、傷つく。相手がクエスチョンマークをつけて言葉を発した瞬間、自動的に私が次の言葉を探し出して、繰り出さないといけない状況になっていることに気づいて、狼狽える。絞り出すように「わからない」と言うけれど、その夜はその後も何往復かそういうやりとりがあった。
「答えないよ」って、友好的に言えたらいいな。答えないのは敵意じゃない。なんでも聞いてくれていいよ。でも私にも、答えるのか、それについて考えるのか、考えるのは今なのか、決める権利があるの。
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駆け出しだけど、私は人に取材することを仕事をしている。私には知りたいことがあって、よければ教えてほしい。でもその深度や、速度や、タイミングを決めるのは、決して私であってはいけない。そして当然、答えなくたっていい。
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