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書評『一九四六年憲法-その拘束』


「最も好きな批評家・思想家としての江藤淳」

江藤淳が自裁の道を選んでから、もう、25年以上が経とうとしている。
私自身は平成四年の生まれなので、リアルタイムでその活躍に触れたというよりは、20代も半ばの時期に保守思想家の一人として、まるで、古典名作に挑むかのような気持ちで『占領軍の検閲と戦後日本 閉された言語空間』を読み始めたのが彼との最初の出会いであった。

最初は、彼が優れた保守思想家であるという面にばかり、目が向いていたが、彼が世に出るきっかけとなった、文芸批評にも興味が沸き、そちらにも手を出していくうちに、文学の世界の奥深さや面白さにも、彼を通じて気がついた。
そして、小林秀雄や福田恆存、磯田光一といった、優れた文芸評論家たちにもたどり着けた。

私はずっと、わかっていなかったのだ。
戦後を代表する保守思想家が、優れた文芸評論家なのではなく、戦後を代表する優れた文芸評論家・江藤淳が結果として、優れた保守思想家・江藤淳を生んだということを。
江藤は穏やかなエッセイなどの一部を除き、その文章内でいつもどこか、何かに苦悩し、思考し、闘っている印象を受ける。
安寧さや、楽天とは、無縁の繊細と敏感な感性が文章内に張り詰めているのだ。

その、細やかな感性が私個人のパーソナリティにとても響いた。
特に『成熟と喪失“母”の崩壊』の中に描かれた、戦後に対する、切実で繊細な感情の吐露には、文芸批評の書籍で初めて、涙を流しそうになるほど、感動した。

一言で言ってしまえば、私は江藤淳の文と波長があったのだ。
波長があえば、あとはすいすいと様々な書籍を読んでいけるし、ますます好きになっていく。私は彼の文章と感性がマッチできたことを、人生の中でもトップクラスの幸運だと思っている。

「戦後とその戦後を作ったもの」

さて、私個人の思い入れがあまりにも強いため、前置きが長くなってしまった。ここからは今回記事で書評する『一九四六年憲法-その拘束』について、記述していく。

本著は江藤淳の憲法論(主に改憲の立場から)と戦後論についての論文によって構成されている。

江藤がアメリカの公文書を丹念に調べ上げ、押し付け憲法論という答えにたどり着き、保守派改憲思想の理論的支柱となった『一九四六年憲法-その拘束』『一九四六年憲法-その拘束・補遺』[1][2]

今でも、江藤淳の論文の中で人気が高く、彼の考察する、戦後論の決定版とでもいうべき文章作品であり、戦後の世にあふれていた、虚構の世界をわずか数十ページで見事に喝破した『「ごっこ」の世界が終わった時』[3]
など、思想家・江藤淳を理解するのに最適の一冊となっている。

江藤の文からは戦後に対する違和感の表明を常々感じるが、その違和感の源泉を日本国憲法にまで遡り、自分たちの手で作られずに、与えられたおもちゃ(憲法・民主主義・平和)でごっこ遊びに興じている、道化じみた戦後を正論で射貫いた、この一冊は痛快の一言だ。

戦後から80年を来年には迎える。江藤のように戦中に思春期を迎えた人はますます、その数が減っていくだろう。
彼が本著で論じた、切実なるリアリティが薄れ、歴史性ばかりが付与されていくのは、時代の定めとはいえ、辛い気持ちになる。
せめて、戦後に違和感を感じた人がいた事を忘れない為にも、戦後生まれ、平成生まれの人々は、江藤の言葉に耳を傾けるべきである。

「締めに」

本当はもっと、論理的に合理的に書評しようと考えていた。
しかし、文章を書き進めれば、書き進めるほど、江藤淳という人へのあふれ出す感情を止めることができなくなり、推しに対するファンのメッセージのような仕上がりとなってしまった。

私の中で、江藤はここまで大きく感情を揺さぶられる存在であり、自分の現在の思想や考え方に大きなウエイトを占めていることに改めて気がつかされた。
私の拙い文章では、彼の魅力をまだ、十分に伝えきれていない。
いつか、また、江藤淳の作品や彼について論じたいと思う。
今回の書評は、偉大な文芸評論家・保守思想家の作品を、一人の男が無謀にも論じようとして、失敗した記録として、みなさんに記憶していただければ幸いである。

ジョルノ・ジャズ・卓也

参考文献
江藤 淳『一九四六年憲法-その拘束 (文春学藝ライブラリー)』
(文藝春秋 2015)

引用文献
[1] 江藤 淳『一九四六年憲法-その拘束 (文春学藝ライブラリー)』収録「一九四六年憲法-その拘束」(文藝春秋 2015)p9~110

[2] 江藤 淳『一九四六年憲法-その拘束 (文春学藝ライブラリー)』収録「一九四六年憲法-その拘束・補遺」(文藝春秋 2015)p111~128

[3] 江藤 淳『一九四六年憲法-その拘束 (文春学藝ライブラリー)』収録「「ごっこ」の世界が終わった時」(文藝春秋 2015)p129~164

友人でありライターの草野虹氏と「虹卓放談」というPodcastをやっています。よろしければこちらも視聴していただければ幸いです。


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