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「あを」を求めて、私はそっと海にいく|紺鼠
瀬戸内海
(広島県豊田郡大崎上島町)
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私は瀬戸内の景色を目にしたら、
いつも心の安らぎを覚える。
波穏やかなこの海が、
常に私の思い出の中にあるからだ。
広島県の竹原からフェリーに乗って約30分で大崎上島に辿り着く。
凪の海に静かに佇む島影は、
いつもどこか神々しさを感じる。
私の祖父母が暮らしたこの島は、
私のもうひとつのふるさとだ。
夏休みには訪れて、
島の子たちと海水浴で遊んだし、
近所のお寺の住職も暖かく迎えてくれた。
子どもの頃の楽しい記憶と共にある。
***
貨物船、フェリー、漁船など
絶えず行き交うこの海は、
人の暮らしの色が濃い。
私はいつも日の出前に起き出して、
まだ人影薄い紺鼠の、
朝靄かかる静かな海を眺めていた。
大人になるということは
良いことだけとは限らない。
あるべき自分を装うために
似合わぬ衣を重ね着し、
本当の自分を見失う。
悩みの果てに
自分探しに出てみても
見つかることはないだろう。
自分は自分の中にいる。
そんな迷える時こそふるさとがある。
そこには昔のままの本当の自分がきっといる。
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周囲の島は「しまなみ海道」などの橋ができ、次から次へと本州とつながった。
そんな中でも孤高を貫くこの島には海以外、目立つものは何もない。
無垢な島独特のゆっくりとした時間と空気に身を置きながら、時を忘れて海を眺めていることは、何物にも代え難い贅沢なのかも知れない。
私はこの島が、好きだ。
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まだ見ぬ「あを」を求めて
これから長い人生に、
多くの壁に当たるだろう。
悩み苦しみ戸惑いながら、生きていく。
周囲を海に囲まれた日本には、
海の数だけ「あを」がある。
これからも、私は海に行くだろう。
まだ見ぬ「あを」を求めて。
(完)