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ノーベル平和賞。おじいちゃんの静かな祈り

2024年のノーベル平和賞を「日本原水爆被害者団体協議会」が受賞された。

ノルウェー・ノーベル委員会は、2024年のノーベル平和賞を日本の組織「日本被団協」に授与することを決定した。「ヒバクシャ」として知られる広島と長崎の原子力爆弾の生存者たちによる草の根運動は、核兵器のない世界の実現に尽力し、核兵器が二度と使われてはならないことを証言を通じて示してきたことに対して平和賞を受ける。

ノーベル委員会が発表した受賞理由の冒頭文

私の祖父は「被爆者」だった。
どこでどのように被爆したのかは知らない。
私が原爆について学んだのは学校の教科書であり、
広島への修学旅行での平和学習だった。
毎年、広島の祖父母のもとに遊びに行っていたにもかかわらず。

祖父は生涯、決して原爆の体験を語ることはなかった。
それは自分の娘(私の母)に対しても同じだったようだ。
私を平和記念公園に連れていくことは無かったし、
私が行こうとした時も、祖父は着いて来ようとはしなかった。
祖父が所持する「被爆者健康手帳」だけが、そのことを伝えていた。

もう決して思い出したくない、悲惨な体験だったのだろうと母は言った。
でも、毎年8月6日には、どこにいても必ず、静かに深く黙祷を捧げていた祖父の姿をはっきりと覚えている。


商社マンだった祖父は、豪快で陽気な人だった。
お正月には会社の部下が家にきて、大宴会をしていたという。
孫の私にもとても優しかった。
しかし、一度決めたことは、絶対に曲げない厳格さと寡黙さを持つ人でもあった。

そんな祖父のこと、
原爆の体験から目を背けていたのではなく、
原爆のことは語るまいと何らかの決意をしていたのかもしれない。

そして祖父は定年後、四国のお遍路さんを何回も歩いて巡礼し、自らの手で仏様を彫り続けた。

その深い祈りの底に何があるのか、今となっては全くわからない。
ただ、多くの人の死を目の当たりにした被爆体験と無縁ではないだろうと、私は思っている。


ウクライナをはじめ、世界各地で紛争が後を絶たない。
歴史的にみて、世界のどこかで戦争があるということは、日本も何らかのきっかけで巻き込まれる可能性はゼロではない。

人類を何度も絶滅させられるほどの核兵器が、世界に溢れている。

今回の受賞では、
被爆者の皆さまの弛まぬ努力が、核兵器の悲惨さを世界に知らしめ、「80年近くの間、戦争で核兵器は使用されてこなかったということ」が評価されている。

被爆者の方々の切実な訴えは、際どいところで世界の壊滅を防いでくださってきたのだ。

広島・長崎に原子爆弾が投下されて、来年で80年。
私の祖父も10年前、95歳で他界した。
実際に体験された方はどんどん減少している。

今回の受賞は、ギリギリのタイミングだったようにも思える。

戦勝国は何をしても「正義」である中、
敗戦国日本の被害と訴えが、こうして評価されたことは、
歴史的なことではないかと思う。

それほどに世界の危機は高まっているのだろう。

この先どうなるのか、大きな不安を拭えない。


被爆者団体には今回の受賞を祝うメッセージが多数寄せられているという。

私も、核廃絶に向けた長年のご尽力が認められたことに、頭が下がる思いだ。

「戦争はいけんよ」

生涯をかけて寡黙に祈り続けた祖父の声なきこえが聞こえてくる。
私はこれからも、その思いを大切に継いでいきたい。

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