kinchan
自伝です。中学生からの同級生の私たち夫婦のこと。 良かったら読んでみてくださいね。
うちのお猫さまの紹介 M キジトラ一番年上の姐さん 人気者のM Mがいるところににゃんずが集まります モコ チンチラシルバーの優しい男 誰とも争うことがないモコ どこに居ても平和を願います リョウガ 茶虎ででっかいたれ目兄さん 温厚だけど、見た目でにゃんずに怖がられてしまう でもたれ目でキュートな人気者です ビュート アメショーもどき高音イケメン 一番の食いしん坊なビュート 他のにゃんずを押しのけ押しのけおやつをもらう困ったイケメン ソニア マンチカンの短足真っ白坊
うちのレイ 末っ子レイ 私たちと寝るようになった うちのお猫様たちは、猫が多いっていうのもあって あんまり人と寝ない 部屋が寒ければ人にくっついて寝るんだけど 家中暖かいので、どこででも誰とでもくっついて眠る レイは末っ子で、一緒に寝たいと思ってくれてるようで 毎日ベッドにあがってくる 昨晩も一緒に二階にあがって(二階を寝室にしてるので)きて、そのまま一緒に朝まで いや、厳密には夜中はうろうろしてるのかもしれないけど、私たちが起きるころには、またベッドの上にいる
私たちの付き合い始めた最初のバレンタインデーは 中学2年生のころ さぁ、何をしようかとわくわくしながら考えた結果 私は手作りのチョコレートチーズケーキにした ハートの型を買ってきて、レシピを調べた 当時はインターネットなんかなくて、雑誌に掲載されていた バレンタインデーにちょっと変わったケーキっていうやつ チョコレートのチーズケーキ(ハート型) チーズケーキが好きだっていうのを聞いたことがあったので(笑) 生まれて初めて何か食べ物を作ったと思う 私の家では母、祖母
地元に帰ってきた私たち 私たちは親元から車で20分ぐらいのところへ借家を借りて暮らすことになった。 引っ越しした当初は、いわっちゃんが東京の会社と契約していて、その給料でなんとかなるかって思っていたけど、すぐに契約は解除されて無職の状態になって少し焦り始める。 私はというと、在宅でできる仕事を少しずつもらってやり始めることになった。文字起こしとか、テキストを打つ仕事。 いわっちゃんはハローワークに通っていて、一旦決まった仕事先があまりにも本人にとっては嫌な仕事だったの
今年は最大のできごとが起こったのは6月 我が家に子猫がやってきた 6月7日 義母がお客さんでもある近所の小さな商店に行って帰ってきて、いわっちゃんに「子猫は何をあげたらえんかな?」って聞いてきた。 いわっちゃんは当然「子猫ごはんな!牛乳とかおえんで!」って。 お母さんに「どうしたん?」って話を聞いてみると、 うちのお客さん(お店の人ね)が朝お店の仕度するのに行くと、お店の前に段ボール箱がおいていて、中に子猫が5匹ぐらい入っていたらしい。 子猫ごはんかどうかわからないけど
私たちの大阪生活も何年か安定して過ごしていたんだけど、けっこう遊び尽したし私の母が病気だったこともあったりして、さぁどうしようかと考え始めた。 幸いなことに私たちは定職についていたわけではなかったので、そろそろ実家に帰ろうかなぁってことでお金を貯めはじめることに。 大阪での生活は、私たちにはとても刺激的で、遊ぶところもたくさんあって、、、貯金を考えなければ不自由なく毎日遊べた。 二人で働いていたときの毎日はこんな感じ 朝起きて、朝ごはんを食べて 自転車を二人乗りして(そん
初めての旅行は城崎温泉と天橋立 インターネットでまだ情報が出てない時代なので、本を買って調べて、電話して予約を取って初めて2人でお泊り旅行してみた。 せっかく大阪にいるんだし、大阪からだったらどこへでも行くのは簡単。 そう思って、色々と調べて段取り始めた。 本も何冊も買って、どこがいいかな、どのルートで行くかなぁ。 温泉もいいなぁ。 そして決めたのが城崎温泉。それから天橋立。 何をするにも初めてで緊張する。 本に掲載されていたホテルに電話で予約。 二人です。 いい感
毎日ウクライナの状況をみていると、気分がのらない。 あたたかい安全なところで見ているだけだと思うと、胸が苦しくなる。 コロナが始まった時もそうだった。 毎日あちらこちらで聞く大変な声を見ていると、苦しくなる。 でも、だからと言って自分が何かできるわけもなく 見て、情報をできるだけ見てる。 本物の情報かどうかをしっかりと見極めながら。 こんなことが起こるとは思わなかったと思ってはみたものの、 いつの時代もそういうことは起こってるんだろうなと 冷静になって考えてみた。 果て
猫のいるしあわせ 朝から夜まで、夜中も猫がいる幸せ 朝は私がセットしているアラームの音でお猫様たちが動き出す。 最近ではMは私の上に乗ってきて、もっと寝ようとアピール。 スカイはアラームがうるさいのか、私の時計をかじったり枕元に置いているiPadを攻撃して、起きろアピール。 私を起こしたあとのスカイはいわっちゃんの横で寝るらしい。 起こされてからは、Mが私についてきて 今度は、パソコン部屋を開けろと鳴く。 はいはい、と開けてあげるとMはパソコン部屋へ パソコン部屋に
阪神大震災の今日 あのとき私たちはテレホーダイのおかげで朝早く起きたまんまだった。 ごはんを食べてた。お味噌汁を持って、テレビを見ながら。 突然揺れはじめた。 いわっちゃんが「地震だ!」って言って私を抱き寄せた。 私たちが住んでいたのはマンションの6F。揺れはすごかった。 何が起こったかわからなかった。 色々なものがガチャガチャと落ちた。 お味噌汁はもちろんこぼれた。 棚に置いてた小さなモニターが飛んできた。 いわっちゃんはそのモニターをキャッチしたから、怪
朝、なにやら重たいなーって思っていると、肩から首の方にM(キジトラ女子)が乗っかっていて、ゴロゴロ言ってる。 あー、そろそろ起きる時間ねぇーって思いながらMを少しよけて、上半身を仰向けから横向きにする。 目の前にはスカイ(ブルー坊主)が伸びて寝てる。 お腹をさわるともっと寝るーとまた伸びる。 わかった、わかった。 よし、起きようー。 立ち上がるってベッドを見ると、足元にイオン(キジ白女子)が丸くなって寝てる。 他は?と、見回すと、タワーの中でソニア(短足白猫男子)が
あの時のあなたはとても輝いていて 私には追いつけないかと思っていたけど いつか、私をみてくれたあなたから 目をそらすことができなかった 一緒に歌ったあの歌はいつまでも永遠で いつ聞いてもあの頃が思い出される 今も昔も変わらない音 あなたのすべてをわかりたくて 必死で追いついてみたけど まだまだ足りない自分に いつも苛立ちを感じてしまう 一緒に見たあの風景はいつまでも永遠で いつ見てもあの頃が思い出される 今も昔も変わらない空 隣にいるだけで良かったあの頃 一緒に駆け抜
寮から出るときには、私は大阪でしばらく働くっていうことで私の親には内緒で同棲。 いわっちゃんの親には途中から公認で同棲することになった。 そう、私が寮から出たときはいわっちゃんはまだ学生で(2個目の学校)難波の近くのすごく面白い地域に部屋を借りていた。 寮ではないので何度か行ったけど、入口に管理人さんがいてスリッパで入るような面白い部屋。 とりあえず近くて安い部屋ってことで借りてた。 それも家賃がもったいないので、途中から引き払ってマンションに来た。 近かったので、自転車
モコとフーガの次に来たのは三毛猫ピノ。 去年亡くなったけど、ピノはモコとフーガが日産だったので 日産つながりでピノって名付けた。 ピノはスズキのアルトの日産バージョンだし、 ピノっていう音の響きが好きだし、かわいいピノにぴったりだと思ったから。 そのピノに子供が生まれて5匹生まれたんだけど、2匹は実家に引き取られた。 3匹残していたんだけど、病気で2匹(シーマとユウガ)亡くなって今は残りの1匹(リョウガ)がみんなの分まで生きている。 ピノの子供たち3匹の名前はシーマ、
毎年、楽しく作っている岩津猫屋敷カレンダー 来年は2022バージョン!作成、スタートです! ここ何年かは立て続けに亡くなった子がいたので、その子が中心のカレンダーになってしまっていたけど 今年はみんな元気!ってことで 全員バージョンカレンダーに決定♪ もちろんいつものようにカレンダー数字部分には うちのコが空いてるスペースを埋めます 今10匹の岩津猫屋敷なので 10匹×12ヶ月で 最低120個の写真を切り抜きます 素人でね、デザインのプロでも何でもないので 全て自
一緒に寝るお猫さまは決まっていて、 大体Mとライクとイオンとソニア この4匹のお猫さまがベッドの上にいることが多い ある日は私がベッドに辿り着く前からMが寝ていて 私の枕を使って寝てる 「お前の寝るところはないから、小さくなれ」と いわっちゃんに言われれる(笑) 「エム~~、頭を少し乗せさせてね~」と言いながら Mのお腹らへんに頭を置かせてもらって寝る 眠っているといつの間にか猫タワーに移動してる ある日はイオンが頭の上にやってきて 私の髪の毛のお手入れ ぺろぺ