あの夏のリモコン争奪戦
ずいぶん暑さがましになった。昼間はまだ気温が高いとはいえ、真夏ほどのことはないし、日が暮れたあとはかなり過ごしやすい。エアコンがいらない夜もある。
暑さについて考えるとき、7年前のことをよく思い出す。2017年も灼けるような陽射しが照りつける日が長く続き、暑い夏だったと記憶している。
わたしはその夏に、はじめての子をふたり産んだ。
お腹に双子が宿ったとわかってから、助産師さんをはじめとした周囲の方々に「双子妊娠には安定期がないと思ったほうがいい」と助言をいただき続けた。おかげでわりと慎重に生活していた。いつ急に入院することになっても対応できるよう、身のまわりのものを詰めたボストンバッグを「入院セット」として玄関わきに備えてもいた。
妊娠中期以降は、お腹の大きさと体の熱っぽさに苦しんだ。
妊娠6か月にすでに80センチを超えていた腹囲は、最終的に105センチほどにまで増加した。
身長150センチそこそこのわたしが100センチ超えのお腹を抱えて歩く。バランス悪すぎるやろ、と自分でもツッコむ日々。カフェでお会いした見知らぬおばあちゃまに「あなた、もしかしてお腹にいるのは双子ちゃん……?!」と話しかけられたこともある。
お腹のせいなのかなんなのか、体がずっと熱をもっているような感じだった。とにかく熱いし、暑い。しかも、盛夏に臨月を迎えた。当然のことながら外気温は高い。「なんやのよ、どこもかしこも暑いのよ!」と爆発しそうな思いを抱えて過ごした。
エアコンをつけていても暑いのだから、困ってしまった。設定温度を22度なんかにしても、暑くてたまらない。あの頃、家のなかはエアコンの利かせすぎでキーンと冷えきっていたはずだ。
これには、もともと暑がりの夫でさえ音を上げた。長袖の衣類を着てもなお寒かったらしい。わたしからエアコンのリモコンを奪いとり、設定温度を上げようとする。
夫「さすがに寒すぎるって!」
わたし「ちょっと! 暑いねんて! めっちゃ暑いねん!」
この攻防が延々と繰り広げられる。とくに就寝中は、ふたりとも眠いから理性の働きが弱まっていて、語気が強くなる。
夫「寒い言うてるやろ!」
わたし「暑いねんて! 寝られへんやん!」
通常時なら、暑がりで室温を下げすぎる夫に対抗して、わたしがエアコンの設定温度を上げるためにリモコンを操作する。それが完全に逆になっていた。あとにも先にも、逆転リモコン争奪戦はあれ以外に経験したことがない。
結局、娘たちを産んだとたんに、異様な暑がりようはすーっとおさまった。多少暑くても平気だ。夫がエアコンのリモコンを持つと「下げすぎないでね」と声をかける。
お産のとき、産婦人科医の先生は笑って言った。
「暑いやろねえ、体のなかに3つ心臓があるわけやから」
なんだか、妙に納得するひと言だった。そういえばそうだ、わたしの体のなかには3つ心臓があるんだなあと思いながら出産に臨んだ。
もうわたしには子を産む予定はないから、体のなかに自分以外の心臓をおさめる機会はなさそうだ。尋常でない熱っぽさに悩まされることもないいだろう。いや、更年期に入ると可能性があるのだろうか。
とにかく、逆転リモコン争奪戦は、わたしのなかに少し変わった輝きをもつ思い出としていすわっている。娘たちが7歳になった今、あのいさかいと燃えるような暑さを懐かしく思う。
「暑いってば!」と夫にキレちらかした夏。体のなかに3つ心臓があった夏。申し訳なくて、愛おしくて、そして短かった。