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読書感想文『赤と青のガウン』

 仕事に人生にと、ばたばた果てしないタスクのドミノを蹴散らしていくような毎日で、文章を書くのが久しぶりになった。街も寒くなったり暑さが戻ったり、ハロウィンの装飾にクリスマスケーキとお節料理の予約票にと、忙しない。師走の訪れも近い。

 彬子女王の著書『赤と青のガウン』は、夏に文庫化して書店に並び始めた時から度々目を惹かれていた本で、心と時間の余裕ができた先日の折にようやく買い、勤しんで読んだ。まだ平成の時分の、ご自身のオックスフォード留学記が綴られている。等身大の奮闘記で、自分も一緒に英国で学生をしている気分を味わった。

 「会ってみるといいよ」「会ってお茶しませんか」という言葉から始まる、英国での彬子女王と人々との出会いが、多いことに驚く。研究分野に明るい教授や、置かれている境遇が近い学生、故郷を同じくする人……。知人からの紹介で出会ったその人々が、彬子女王のその時の選択や決定に大きく影響を与える。そういったことの繰り返しで、予定調和とは逆の、先が読めない学生道中。目の前に舞い込んだ縁に、怖がることなく身を委ねていき、予想外の結果を笑い話として話されるその生き様は、とても魅力的でかっこいい。

 出会う人々が、彬子女王によって温かく立体的に描写されていくのもいい。こちらも学生寮の友人に誘われるようにして出会った、ジェイミーという英国人男性について彬子女王が綴る印象。

オックスフォードやロンドンのような街は入れ替わりが激しく、仲良くしていても現地を離れてしまうと連絡が途絶えてしまうことがよくある。でも、ジェイミーは最初の留学のときも、二度目も、そしていまも変わらずオックスフォードにいてくれる。航海に出た船の乗組員が港の灯台をみてほっとするように、私もオックスフォードを訪ねてジェイミーに会うとほっとする。

彬子女王『赤と青のガウン』(PHP文庫、2024年)254頁

 港の灯台のような人、家、居場所。出会いと別れと人の数が多く、目まぐるしい首都圏(あるいは現代)に生きていると、こういう存在の有り難さはとてもわかる。仕事の縁で出会った藝大の助手さんに「夢を持つといいよ」と言われ、それから「家を買う(居場所を作る)」ことを当面の夢にして頑張っている自分にとっても、近づきたい理想像の一つだと思えた。

 夢を叶えるためにも、とにかく毎日をやりきるためにも、年末まではばたばた走らねば。風邪には気をつけたい。

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