読書感想文『海のまちに暮らす』
のもとしゅうへいさんと真鶴出版のことは、それぞれ別々の文脈で知った。どちらの存在もいいなと思っていたものが、実はお互い交わっていたことを知ってびっくり。家の近くの本屋さんに新著が置かれていると聞きつけ、休日のお出かけ帰りの夕方に立ち寄って購入した。
文章や絵のタッチから組版、表紙の手触りに至るまでに、一貫性を感じる本だ。著者ご本人が執筆から装幀までを行ったらしい。よくよく見ると、タイトルの文字がかっちり水平垂直にならず、かすかに揺れ動いている。少し前まで、大量の紙の見本帖を飽きずに眺めていた身としては、のもとさんがどういう気持ちで表紙にこの、灰色とは言い切れない斑なニュアンスの銘柄を選んだのかは気になるところ。
固有名詞を輝かせるのが上手な人だと感じた。照明を使ってスポットライトを当てるというよりは、石を磨いて光らせるような書き方。のもとさんの綴る真鶴は確かな質感をもってこちらの足下に広がって、自分も追って後ろを歩いたような気になる。畑いじりの部分で出てくるミニトマトやスイートバジルなどの植物たちは、のもとさんに書かれることで、瑞々しさと泥臭さを同時に抱えて輪郭を付け始める。あとは、比喩の語彙力が豊富で、心を奪われる表現が多かった。
最近、人の書く文章にその人の自意識がにじみ出ているかどうかが見えてくるようになってきた。のもとさんの文章は、そのあたりの出方が結構絶妙な気がしている。読んでいて、むずむずする。いや、むずむずの由縁は多分、それだけではなくて、のもとさんの生き方に「いいなあ」「うらやましいなあ」と思う部分があるからでもあるのだろうな。何より、海が見える街、憧れますもの。