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夫の「おふくろの味」に秘められた事実

結婚してすぐのこと。夫から朝食の味噌汁に注文が入った。

「味噌汁を赤味噌で作ってくれない?」

義母は名古屋生まれだ。だから夫は赤味噌で育った。
私の両親は四国の出身なので母の味噌汁はずっと合わせ味噌だ。今住んでいる街も合わせ味噌が主流。当然、私は合わせ味噌の味噌汁が好きだった。

とはいうものの、当時はまだ新婚ほやほや。私も今のような自己主張をしない、かわいいかわいい新妻だったので、夫のために赤味噌の味噌汁を作るようになった。
真っ黒に見える赤味噌の味噌汁に、最初は違和感しかなかった。

そのうちになんでもかんでも赤味噌を要求され、味噌カツ、味噌おでん、サバの味噌煮にナスの田楽、赤味噌のオンパレード。夫が喜ぶので、張り切って赤味噌の料理を自己流で作り続けた。

最初はからいだけだと思っていた赤味噌の味噌汁にも、深い甘さや旨みを感じ始めた頃だった。季節は冬、夫がさらなる要求をしてきたのだ。

「寒くなると、母さんの味噌煮込みうどんが食べたくなるわ。めっちゃ美味いんやで!オレにとってのおふくろの味やな。」 

「はいはい、今度はうどんかい!楽勝楽勝」と、私は簡単に聞き入れて、翌日、オリジナルの味噌煮込みうどんを作ってみた。

約30年前なので、スマホや料理のアプリがない時代だ。見たことも食べたこともない「味噌煮込みうどん」を文字のイメージだけで作ったのだが、さすがに正解がさっぱりわからない。
ひたすら煮込んで試食をしてみたが、ただのクタクタうどんの味噌汁で、特に美味しくない。
夫の反応が気になった。

「おい!これ、味噌汁にうどんが入っているだけやん。これは味噌煮込みうどんと違うわ。母さんが作るのはコクがあるんやわ!たしか、鶏肉が入っとったからあのコクが出たのかもしれやん。」

夫は半笑いで完全に私をバカにしながら、そう言い放った。悔しくて、翌日にまた鶏肉も入れて味噌煮込みうどんっぽいやつを作ってみたが、これもただの味噌汁だと言われてしまう。

どうもダシが違うようだ。
義母の味噌煮込みうどんはコクや旨みがあり、ダシに何か特別なものを使っているらしい。

自己流の限界を感じた。最初から義母に作り方を訊けばよかった、と思った。

いまでこそ気楽に話せる義母だか、当時はまだまだ義母に対してめちゃくちゃ緊張していたので、電話するのもドキドキした。でも私も夫の絶賛する「おふくろの味」を作れるようになりたくて、意を決して受話器を手に取った。


電話の向こうの義母は、私の質問に少し照れたような声で答えてくれた。

「私はいつも、スガキヤの味噌煮込みうどんを使うんだわ。」

え?聞き間違い?

「味噌もダシも全部入っているでしょう。あのダシの味は家では出せれんからね。うちは昔からずっとスガキヤだわ。」

えーーーーっ!スガキヤなん!


夫のいう「おふくろの味」が、まさかインスタント麺の味だとは!
私は思わず受話器を落としそうになった。

私のこれまでの失敗談を聞いた義母は豪快に笑いながら、いつも味噌煮込みうどんに入れている具材を丁寧に教えてくれた。義母の味噌煮込みうどんには、具材もたっぷり入っている。

鶏肉、白ネギ、大根、人参、椎茸、かまぼこ、油揚げ、そして卵。

これだけの具材が入っていれば、それぞれからのダシも旨味もたっぷり入っているはずだ。
ちょっと足を伸ばして都会の大型スーパーへ行けば、スガキヤの『八丁味噌みそ煮込みうどん』の袋麺は手に入った。あとは、近所のスーパーでたくさんの具材を買ってきて、切って煮込むだけだ。

「今度こそ!」と気合を入れ、夫の帰宅時間に合わせて義母の特製味噌煮込みうどんを作ってみる。


仕事から帰宅した夫は、味噌煮込みうどんの香りにつられて、変なステップを踏んで喜んだ。急いでダイニングテーブルの椅子に滑り込むように座り、土鍋の蓋を取ってアツアツうどんに箸を入れる。顔全体でハフハフしながら、

「お――!これこれ!この味やわ。やっぱり母さんの味噌煮込みうどんはひと味違う。めっちゃうまい!」

と大喜びしていた。

母さんのうどんねぇ。私は笑いを必死でこらえる。
早く聞いてくれ~。
ダシのことを。
作り方を。

「で、母さんはダシに何を使ってたん?」と夫がうどんを頬張りながら訊いてくる。

はいはい、来た来た!
勿体ぶって、私は笑いを堪えながらゆっくり答えた。

「実はスガキヤ。お義母さん、昔からずっとスガキヤの袋麺で味噌煮込みうどんを作っていたんだって!」


私の言葉に夫は数秒間かたまったあと、吹き出して椅子から転げ落ち、ぴょんぴょん跳ねて笑った。

「そうかあ、知らんかったな。まさか、スガキヤだとは!さすがスガキヤ、そりゃうまいわ!」

夫はそんなようなことを言って、ひとしきり笑い転げていた。そして美味しそうに、最後の一滴までうどんを平らげた。

「こんなにたくさんの具材が入っているんだから、これはお義母さん特製だね。」という私の言葉に頷きながら、「でも、母さんに騙された」と夫は悔しそうに微笑んだ。

この義母の味噌煮込みうどんが、現在でもわが家の冬の定番だ。寒い夜には最高においしく、からだがあったまる。
そして食べるたびに、この義母のエピソードを話題にして夫と笑い合う。それも美味しさのスパイスになっている。

この味が将来、我が家の息子にとっても「オレのおふくろの味」になるのだろうか。ならば、息子にはきちんと『スガキヤの味噌煮込みうどん』を使っていることを教えておこう、と思う。


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