「珈琲豆は新鮮なものを選ぼう」はホントに正しいのか【MEMO】
珈琲に関するニュース/情報をインプットし、
噛み砕いてアウトプットするマガジン。
「COFFEE_MEMO_365」のマガジン記事です。
2020.6.30
【今回の引用記事】
【概要】
InSync株式会社が、
コロナ禍に直面する業者のフードロスや食品ロス削減を支援、在庫や商品を通常よりも安い価格で「買って応援、食べて応援」できる、
訳あり商品マーケットプレイス「Wakeari(ワケアリ)」をローンチ。
■消費者にとってのWakeari(ワケアリ)
・外出制限で外になかなか出れない
・外食するのが楽しみなのにできない
・自宅ばかりでストレスがたまるので、 食で楽しみを見つけたい
・普段食べれないようなものをリーズナブルに買いたい
■業者にとってのWakeari(ワケアリ)
・今までうまくいっていた事業が、 新型コロナウイルスの影響で回らなくなった
・在庫が大量に余ってしまっている
・取引先の事業も打撃を受け、 受注がなくなった
・外出制限などで人が激減し、お客さんが激減した
立ち上げの背景
経済というものは「人と人との間での取引が継続的になされること」でその活動を維持、活性化できるが、現在の状況はその根源である「人と人」という最も重要な活動原資が制限され、あらゆる取引が停止せざるをえない状況にある。
しかし、対面的な取引は難しいとしても、インターネット上の取引であれば経済活動を少しでも継続的に維持できる可能性がある。
Wakeari(ワケアリ)上で、
「買って応援、食べて応援」を実現し、
継続的に商品を購入され続けることで、事業者は少しでも倒産を回避し生きながらえることができるきっかけとなり、
消費者は事業者を応援しつつも、平時では手が届かなかったような良品名品を購入できるきっかけとなり、
双方が相互的な協力関係を築き続けることで、
本当の意味で支援の輪が広がり、国内経済の打撃を少しでも和らげることを願っている。
【MEMO】
正直、
フードロスや在庫ロスといった問題はこのコロナ禍より以前から(特に飲食業界において)ありましたね。
規格的に不揃いな商品や、
消費ではなく賞味期限が切れた商品、
中身は問題ないのに包装が汚損した商品、
さらには人的発注ミスによる在庫商品など、
アウトレットやワケあり商品といった形で、
辛うじて対策が取られていたという状況の中で、
今回のコロナ禍により、その活動が半ば強制的に推し進められた感じがします。
そして、
在庫ロスといえば、前職の珈琲店のことを思い出しました。
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ここからは僕が珈琲店で働いていた頃の話です。
まず僕が珈琲店に転職して、
珈琲を提供する側のポジションになった当初、
研修を受けた際に当時の上司から貰った言葉が、
今でも印象に残っています。
「あなたが溢した一粒は、誰かが摘んだ一粒」
誰かの受け売りか、自分で考えたのかはわかりませんが、
美しい詩のようでもあり、教訓でもあります。
こうして思うと、珈琲は特殊な食品ですよね。
遠い海の向こう、山の奥で、
顔も名前も知らない人が育て、収穫したものが、
この手元に届くまで、ほぼ原物のままのカタチをしている。
この言葉は、珈琲の持つ独特なストーリー性である「From seed to cup」をも表しています。
ちょっと話が逸れましたが、
じゃあこんな素敵な言葉をくれる会社が、
珈琲の在庫ロスについてはどうだったか、、、?
前職のことなので、
これを読んでいる方でもし直接お会いする機会があれば詳しくはお話しますが、簡単に言うと、
いかにして豆を在庫ロスさせるかというシステム
だったと思います。(白目)
会社をカバーすると、
珈琲へのこだわりが強かったが故に生まれた在庫ロスだったと言えます。
・全種類(20種類前後)を常備展開する
→マイナー豆は売れずにロス
・厳格な鮮度基準(焙煎後7日以内)
→7日間売れなければロス
・特売日はチャンスロスを恐れない
→販売数量を読み間違えて余るとロス
良いものを提供しようとすると、基準を満たさなかったものは切られる。
こだわりとロスは表裏一体です。
僕もロスを減らしたい一心で、
賞味期限の改善やラインナップの改定、豆販売の完全予約制の導入など、
色々と案を出しましたが、そもそもの生産システムやオペレーションを変えることは叶いませんでした。
毎週数キロ、ひどい時には月間で100キロ近い豆がロスされていくのを見るのは辛かったですね。
逆に他の同規模展開してる珈琲店なんかは、在庫ロスはどんな感じだったんだろう。
そんなこともあり、
自分が店舗やイベントなどで今後珈琲を扱うときは、在庫ロスについては極力考慮しようと強くて思いました。
例えば、
珈琲豆の鮮度については新鮮であるほど良いとされ、当時は自分も店頭ではお客さんにそのように啓蒙していました。
それが「正しい」と信じていたし、そうすることで鮮度にこだわる自分の店がマウントを取ろうとしていたんですね。
当然、豆は新鮮であるほうが良いです。
ただ、
それによって捨てられる必要がないのに捨てられる豆が存在してしまうとしたら?
僕の「正しい」は揺らいでしまいました。
鮮度が7日を超えても、
挽きたてであれば、
保存方法が正しければ、
適切な淹れ方をすれば、
十分美味しく飲める。
じゃあ、新鮮さを推すより、
ミルを勧めるべきじゃないのか。
保存方法を伝えるべきじゃないのか。
ドリップを教えるべきじゃないのか。
十分美味しく飲んでもらうように。
そしたら、
豆は新鮮である方が良い
よりももっと珈琲の本質的なことが提供出来る。
豆以外の価値を与えることが出来る。
ちょっとラインナップが減って売切れようが、
それはその商品が人気だってこと。
ちょっと予約に手間がかかろうが、
その手間の中に人が関わってコミュニケーションを取れるチャンスがあるってこと。
ちょっと不便かもしれないけど、
僕が今後提供する珈琲は、こんなカタチでありたい。
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フードロス・在庫ロス。
商品やサービスのクオリティがどんどん上がり過ぎることで、消費者の期待も同様に上がり過ぎる、あるいは期待が上がることでまたハードルを上げるというループ。
これは今の社会が抱える問題です。
しかしコロナ禍により、
少しずつゆっくりと感覚が麻痺しつつあった消費者や事業者が、
ようやく自分ごととして考えるキッカケになったのかもしれません。
少なくとも、
以前のような消費形態に完全に戻ることは無いと思うし、何よりそう願っています。
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