
ハグ
私は寝相が悪い。
仰向け、うつぶせ、横向きと
毎日寝る姿が違っている、らしい。
ひどいときには180度回転…つまり
頭と足の向きが入れ替わることもある。
おまけにいびきも大きい。
自分のいびきで起きたことが何度かあるから
これは間違いないと自信を持って言える。
(えっへん)
そんな私は内心ビクビクしていた。
それは結婚どころか同棲する前のこと。
・・・
「ウチは夫婦別々に寝てるよ」
職場の先輩(女性)がサラリと話してくれた。
それを聞いた私は大いに戸惑った。
なぜなら先輩はどう見ても美人の類で
先輩の旦那さんはどう見てもイケメン。
すなわち美男美女夫婦。さらには新婚。
そんな夫婦が別々に寝ている、だとう!?
(この頃の私は結婚を相当美化している)
「いやあ、ダンナのいびきすごいんだよ(笑)」
それは先輩のジョークだったのかもしれない。
または何か別の理由があったのかもしれない。
しかし“別々に寝ている”という点はマジだ。
寝室が別にあるというくだりを何度も聞いた。
私はへーそうなんすかと聞きながらも
(何故だ!美男美女が別々とは奇々怪々!)
と大いに悶々していた。
内心納得がいかない私は自問自答を繰り返し
やがてある結論にたどり着く。
いくらイケメンであろうとも、寝相が悪いと
嫁さんが一緒に寝てくれなくなるものなのだ
すなわち、いびきが大きい男は論外。
・・・
どっこい私はいびきが大きかった。
それを彼女(今の嫁様)に指摘されたとき
絶望で目の前が暗くなったのを覚えている。
(ああ!私は嫌われるのだ!
愛想尽かされるのだ!寝室が別になるのだ!)
私はいびき防止活動に勤しんだ。
やれ気道の通りを良くする睡眠グッズだ、とか
やれずっと横向きならいびきをかかない、とか
やれいびきをかいたら口をふさいでくれ、とか
あれこれやってみたがどれも徒労に終わる。
睡眠グッズは早々に紛失してしまうし
寝相の悪い私は横向きでなんかいられない。
口をふさいだ所で一時しのぎにしかならない。
ただ、唯一、効果があった方法がある。
それは本気で、心の底から
いびきをかくな、寝相も悪くするな
と強い自己暗示をかけながら眠る方法だ。
そんな子供だましみたいな…
と思うかもしれないが、どうしてどうして
私にはドンピシャで効果覿面だったのだ。
何事もやってみるものである。
しかし、これには重大な欠点もある。
毎回強い自己暗示をかけながら眠るのは
とてつもないストレスがかかってしまう。
リラックスするために眠るはず、なのに
起きてみたら疲れているとはこれ如何に。
人間の三大欲求と呼ばれる一つの睡眠を
当然のようにこよなく愛する私としては
この自己暗示を諦めるしかなかった。
私は眠りたいのだ。惰眠を貪りたいのだ。
すやすやと気持ちよく眠りたいのだああ!
夫婦別々の寝室か。
それもいいかもしれないな。
私は先輩の言葉を噛みしめた。
・・・
「え、夫くんはわたしと別々に寝たいの?」
私の心の内を伝えると
嫁様の顔には(意外!)と大きく書かれた。
いやいや、でもほら、いびきイヤだろう?
きみは私と違って全然いびきをかかないし。
「まあ、たしかにうるさいけどさぁ
なんかいい夢見てるんだろうなってかんじで
わたしはそんなに気にしてないよ」
あなたが神か。
「うるさい」とハッキリ言われてヘコんだが
それはそれ。私は大いに救われた。
当初は気を遣って言ってくれたのかな?と
長い間疑念が払拭できないでいたのだが
あれから数年。未だに寝室は一緒なので
おそらく本心だったのだ。と胸を撫でおろす。
そして、この数年で
私のいびきを止める最強の方法が確立された。
それはハグ。
私がゴジラばりのいびきを炸裂させてるとき
時折、嫁様がキュッとハグしてくれる。
これがなんか私の夢の中にも作用しちゃって
ふわふわするような歯がゆいような
なんだか分からんけど良い気分!
となって気持ちが安定するのが自分でもわかる。
その結果いびきが弱くなる(止まりはしない)。
これは私も嫁様も、ひいては夫婦どちらにも
完全勝利の最強ワザではないか。
ハグは夫婦を救うのである。
ハグは夫婦を救うのである。
(大事なことなので二度言いました)
それではみなさん、良いハグを。