金にならんことを、どれだけ継続できるか。
珈琲屋をしたい!と言ったら、「金にならんで」と言われた。
その時はそうよねー!他にもせんとだめよねー!と言ったけれど、今日バイクでの帰り道にふと思い出して、
お金にならない。とはなんのこっちゃ?
となったので書いてみます。
お金にならない。
珈琲屋はお金ならない。とはあまり聞かないけど、
珈琲屋だけでは生活は厳しい。とは聞いたことがある。もちろん珈琲屋だけで生計を立てている人だっているとは思う。
ってことはお金にならんってことは、稼げないを遠回しに言っているようなものか。
そこでそもそも、稼げないことはだめなのか?を考えてみるとする。まず稼げないというのが、毎月何万円、年収何万円のことを言うのか。
というよりも、例えば結婚、子供、家賃、家のローン、車のローン。など払うことがたくさんあればあるほど、金にならない仕事は外されていくのかもしれません。
でも金にならないからやらない。ってのも違う気がして、お金にならんかどうかは、始めてから分かることだし、きっと大丈夫だと思ってて。
珈琲屋も1人でやっているなら、生活はできるはず。でも僕は家族もいて、たまに旅行もして、それでいて大好きな珈琲に関する仕事をしている人を羨ましいなと思ったりもする。
金にならんから家庭も持てない。子供も育てられない。結婚もできない。を払拭したいなあという気持ち。
金にならんことをどれだけ続けられるかがキモな気もします。なんか何を書こうとしたのか忘れてしまったけれど、「金にならんからやめよう」だけは絶対にやめたい。
頭の中にある金がないと生きていけない!
という考え方をまず変えること。
金がなければ、飯はもらえるし、働けば生きていける。どのくらいの金がなければ自分は生活が苦しくなるのか。とかそういうのも考えるべきだろうけど、昔は金なんてなくても、野菜育ててのんびり過ごせていたのだから僕らもできる気がする。
コーヒー豆育てて、焙煎して、それを飲んでもらう。その代わりにご飯をもらえたり、住む場所を貸してもらえたりしたら、そこにお金なんて発生しないし。
これあげるから、あれちょうだい。でもない。
これあげる〜!!あとこれもあげる〜!
そしたら、いつのまにか何でもかんでも揃ってしまう。色んな人から返ってくる。
これもあれもあげちゃいまーす!プレゼント大臣!
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