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お母さん、しぬときはどんなんがいい?

夜、ふとんの中で8歳の娘が聞く。
「にんげんてなんでしぬん?」
「しぬときはどんなんがいい?」
そういうお年頃らしい。

「そやなあ、太陽に向かっていって、燃え尽きるのがいいかなあ」
これはわたしが高校生くらいのとき、考え出した結論。
「あついやん」
8歳の娘に一蹴された。

反対側で寝ころんでいた6歳の娘が言う。
「はるかぜにのっていくのはどう?」

わたしは感激してしまって、今年作っている366日の詩のカードの292日目にこのことを書いた。


8歳娘の疑問はつづく


その翌日も、ふとんに入ると8歳の娘が同じことを聞く。
「おかあさんはどうやってしぬのがいい?」

「きのうの、春風にのっていくやつ、いいよなあ」
そう言うと、6歳の娘がまた素敵なことを言う。
「だって、せっかく5月にうまれたしさあ」
「はるかぜにつつまれていきたいやん」

そこであれっと思った。
どこかで聞いたことのあるような気がした。

たしか・・・

立原道造の病床にて


予感はあたっていて、この詩集のさいご、立原道造のプロフィールの欄に書いてあった。

病床で「五月のそよ風をゼリーにして持って来てください」と願ったが、1939年3月29日、肺尖カタルにて没。享年24。

立原道造詩集 僕はひとりで夜がひろがる(PARCO出版)

このフレーズを読んだとき、なんて素敵な詩人なんだと一気に立原道造さんが好きになった。
(この本の装丁もすごく素敵。)

このフレーズを読んだ2010年と同じような感覚を娘たちがくれた、2024年秋。
生死に疑問をもつ8歳と、詩的にこたえる6歳はこれからどんな人生を送っていくんだろう。

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