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遺言みたいなこと/特攻兵の最後の言葉

実は2月に血管の狭窄で入院して手術を受けておりまして、その術後になってから、ちょうど10ヶ月近くたちました。

死ぬと決まっているわけではないのですが、「死ぬ気で書く」と決めてから10ヶ月たったということになります。

残念ながら、メンタル的な疾患そのものは決してよくなることはありませんでした。私は重度の睡眠時無呼吸症候群で、毎日きちんとCPAPをつけないと余命が2年と言われております。

もちろん、そのためにダイエットをしたり、いろいろ健康になる努力をしました。

同時に「黙ったままでは死ねないこと」はきちんと書いておきましょうと思って、このnoteにかなりほんとのことを書き始めたということになります。

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「体にいい生活をしてください」というのは簡単で、ほんとうに毎日CPAPをつけ、100キロ近い体重を80キロに落とすための訓練というのは実際、死ぬ気になってそれに集中してやればできました。私は一時期80キロにまで体重が落ちて、「死期が遠のいた」と一瞬安心しました。半年はそれでやってこれたのですが。

ところが、ここ3-4ヶ月の状況は、自分の健康にとってはまったくよくないことばかりです。

変なやつがいきなりやってきてブロックしていったり、とにかくダイエットってお金がすごいかかるので、生活費が足らなくなって首が回らなくなったり。あとは、妻の病院になにかしら心配かけられて毎月お見舞いに行ったり。

とにかく調子がわるくなるような、自分のメンタルが削れるような、気を使わなければいけないことがものすごく多くて、残念ながらここ3-4ヶ月の過ごし方で、自分の寿命は大きく削れてしまったようです。

今日10ヶ月ということで診察を受けてきましたが、血管の硬さなどは再発しただけではなく、むしろ悪化しており、精神科のほうとも連携しておくとのことでした。

少なくとも現状どこか特定の臓器に異常がでているわけではないのですが、いまのように精神的に不安定な状態が続くと、わたし自身、リアルに寿命が削れてしまう状態です。

不安で眠れないことや、毎日の生活環境の悪化がそのまま死に直結してしまうので、気を付けて行かないといけません。

同時に「今の状態だと体の健康を第一にして生きても、何年も生きられるわけではないな」というのは覚悟しておりまして、なかなか多くの人が書きづらいことを文章化して残しておくというのも大事なことではないかと、自分なりに思っております。

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ほんと夭折の歌人とかそういうのって、結局生者の都合のいいように使われるんですよね。死んでしまっているから何も言えません。それで勝手に「いい人」にするのって、虫が良すぎませんか?

もし、本人がどこかで「こいつには葬儀には来てほしくない」とか、「勝手に賞の名前にすんな」とか、「それで商売にするな」とか、いろいろ思ってても、結局死んでしまってるから何も言えないじゃないですか。

私の場合も書いておくけど、

・かつて所属していた欄の、すでに絶交した人たちには一切葬儀には参列してほしくないです。

・私の歌集はプライベートなものという側面が強いですが、結構魂こめて書いているのです。批評以外で勝手に商用利用したり、ないと思いますけど、「新世代のシンボル」みたいに勝手に商売に使わないでいただきたいです。

・特にこれは書いておきますけど、死んだから何か価値がでるとかそういうのはひどすぎると思います。死後という、本人が意識があるのかないのかわからない状態で、祭り上げるのはやめたほうがいいんじゃないかな。美談にするのも最悪だなと思います。私にとって、私が生きてくために必要なのが詩歌でした。それを死んでから取り上げるなんて私はされたくない。

そのようにして追悼するしかないのもわかりますが、わたしが望んでいるのは、別に取り上げられなくてもいいけど、「私が生前こういうふうに考えていて、確かにこういっていた」と書いてあるnote、これはずっと残しておいてほしいということくらいです。

「私がそう言っていた」ということだけは覚えて置いてほしいけど、あとは忘れてもいいです。

・あと、叔父や妻の実家側が存命なんですけど、そのあたりの芸術に理解のない人たちには私の所有している本や芸術作品の一切に、手を付けさせないでほしい。勝手に処分するなと申し伝えたいです。必要な人でこれからも歌に関わっていく方がいたら、稀観本も絶版本も結構あるので、お譲りします。

どなたか後見になる人が名乗りを上げてくださったら、そのように指定しますので、よろしくお願いいたします。基本は私の書物の権利はすべて妻に行きますが、それで妻以外の人間が利益を受けるようなことがあってはなりません。正式な遺言は死期がほんとに確定したら書きますよ。

いま妻が後見が必要な状態なので、妻の実家が「妻の代理でございます」といって勝手にうちに上がり込んでこられるのも最悪だと思います。家族の縁なんてあちらとはありません。彼女は西巻家の人間です。きちんと西巻家の墓に入れてもらいたい。

最後に、薄ら寒いお金だけ残るのは本当に悲しいことです。

私が死んだからといって、きちんと人間として生きる権利のある妻に、勝手に「訳知り顔」に変な口出しをされるのは我慢ならない。妻には幸せになってほしいとずっと思っております。

以上、遺言のような話です。

明日すぐ診察があって、もう入院とかという話になったら更新もできなくなるので、書けるうちに書いておきます。

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最近、話題になっている「21歳の特攻兵士の教え」です。


なお前たち、知っているか?

牛や馬は1頭、鳥は1羽、魚は1尾、とこう数える。なぜか?

実は動物の数え方はな、死んだあとに何が残るか、で決まるんだ。

じゃあここで1つ聞きたい。俺たち人間はどうだ?
1名。そう名前だ。俺たち人間は死んでも名前は残るんだ。

お前たちは自分の大事な大事な名前に恥じない生き方が出来ているか?

1回きりの人生、後悔せぬよう意識すべきことは、
「能力」ではなく「生き方」でな。

「知識」ではなく「行動」。

読むべきものは空気でも本でもない、自分の心だ。

明日人生が終わると思って生きなさい。
永遠に生きると思って、学びなさい。

それじゃあ、元気に征きます。

残念ながら、この言葉を言った隊員の方は誰か、そもそもほんとに特攻兵の言葉なのか、私は出典を確認できないのだけど、いまときどき動画を見ていると突然流れてくる有名なやつです。

まあ、誰が言ったかに関わらず、いい言葉だと思います。


私も社会人としては、だめだめですが、文芸に携わるものとしてカッコ悪い死に方はできないなと思っています。では。

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西巻 真
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