たい焼おばちゃんのカーネルサンダース
〈前編〉
「みやこ市場に行ったら、わたしら、つい、たい焼き買うてしまうやん」、隣のおばちゃんのだみ声が近所一円に響いている。この辺りの住人は通勤やお出かけのついでにみやこ市場に立ち寄ることが多い。市場にはこの界隈で有名なたい焼きおばちゃんがいる。話し上手でつい話し込んで終いにはたい焼きを買う羽目になる。この百戦錬磨のたい焼きおばちゃんの前に、ある日、珍しいお客が現われた。この人物の存在が、たい焼きおばちゃんが長年培ってきた自信を揺るがすことになるのである。
新しい商材を求めて全国行脚、たい焼きにたどりついた
その人物は新しい商材を求めて、アメリカからやってきたビジネスマンのハジメ・ササベ。アメリカでは最近、空前の日本ブーム。特に日本の食文化がイベントの屋台やスポーツイベントでも、大勢の人だかりができる人気だ。そこで会社へは、新しい商材を探し、ヒットする商品展開を仕掛けようとしている。白羽の矢が当たったのが、ササベである。日本にルーツのある日系人という理由で会社から日本に送られたが、日本語は挨拶ができる程度であることを上司は知らない。ササベが選ばれたもう1つの理由は、誰にも負けないガッツがあり、大抵のことはやり遂げる。つまり、まじめで独善的、そして思い込みが激しいタイプである。
その日、たい焼きの屋台の前に無言で立つ一風変わった人物がいた。ササベは一見、日本人そのものだから、たい焼きおばちゃんはべらべらと話し始めた。ササベをサポートしているジョーは典型的なアメリカ人に見えるが、実は日本育ちで京ことばもわかる。つまりこの2人はイメージと中身が逆転している。この奇妙なコンビは、会社に求められる商材を探して日本中を旅してきた。ジョーがたこ焼きの屋台の前に立ち、ササベがやや後ろに陣取る。全国を回ってみて、これが一番効率よく商談できると二人で判断したのだ。
たい焼きにチョコ味?カスタード味?あんたら本気か?
たい焼きを焼きながら、おばちゃんがいつものおもしろおかしいトーク。とぎれめなく、ペラペラぺらがはじまった。しかし相手はアメリカ人。どこまでわかったんやろ…おばちゃんは考えた。うしろに日本人のあんちゃんが見える。ササベに向かって「なあ、あんた、このアメリカさんのお連れさんか?」、するとジョーがニヤニヤ顔。ササベは英語で返事する。おばちゃんは息がつまって絶句。そこでジョーが「彼は日本語わからへんねん」と救いの一言。そこで間髪入れずササベのセールストークが入る。「△X〇▼!」「おばさん、彼はたい焼きが気に入った。この菓子のデザインがとてもいい。作ってその場で食べるのも最高だ。ササベは1つ食べてみたいと言っている」試食したあと、ササベは「おいしいが、この味はアメリカ人向きじゃない。たい焼きはまだアメリカでそれほど普及してない。アメリカ風にアレンジしてイベントやスポーツ会場で売ったら、アメリカでめちゃくちゃ売れる。でも、このままではあかんで。チョコレートとか、カスタードクリーム、ジャムとか、アメリカ人がいつも食べてるフレーバーやったら、こりゃー、大ブレークする。なあ、おばちゃん、これ共同開発しよう。明朝、会社に話す」とジョーが通訳する。これを聞いたおばちゃんは考えた。「よっしゃ、一回作ってみよ。チョコレートとカスタードクリームを用意するから、また来週きてんか」、しかし、ササベは「あかん、あかん。今すぐ試食できるのに、来週まで待つことない。よっしゃ、チョコレートとカスタードを明日もってくる。明日、作ってくれ。みんなで試食しよう!」強引さはアメリカ人丸出しだが、ジョーは根気よくおばちゃんにわかるように丁寧に説明した。これはおばちゃんにめぐってきた人生に一度の大儲けのチャンスだと説得した。
〈中編に続く〉