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「悲しい」は絹子の宝箱
つい先日、「かわいい」をテーマに執筆した。「かわいい」ということを考えたら、近い感性「うれしい」や相反する完成の「悲しい」も考えてしまう。これらはまるで対になっているようだ。遠い昔に「悲しい」は消化し、すっかり過去のものと思っていた。ある日、ふっ~と一陣の風が通るように過ぎ去った「悲しい」が戻ってきた。絹子の「悲しい」は、何か目的があってやってきたのだろうか。
まもなく小学生という2月の寒い朝、絹子の祖父が亡くなった。はじめて死が近づいた瞬間だった。虫や鳥などの死は知っていたが、涙を流す大人をみたのもはじめてだった。一緒に育った従兄は乾いた涙を流していた。「大人になったら家を建ててやると言っていたのに~」。中学生に成長した絹子は、その思い出に〈嫌な奴!おじいちゃんが死んだから泣いているんじゃない。家を建ててもらえなくなったから泣いていたんだ〉と批判的だった。
それから絹子は「悲しみ」という感情に注目するようになった。親友に話すと、『悲しみは脱力感や失望感、挫折感を伴い、身体的には胸が締め付けられ、涙が出たり、表情が強張ったり、意欲や行動力が低下することがある』と記述のある心理学の本を貸してくれた。その書物には「悲しい」とは、愛情や友情、依存、共栄の対象を失うと、特に強く感じるものらしい。よくわからないけど、そういえば文学や映画も似たようなことを描いている。興味深いのは、最も深い悲しみは身近な人の死に関連しているというくだりである。さらに恋人との別れや、大切にしていた物の喪失などにも「悲しい」感情が湧き出てくるのだろうと絹子は予感していた。「あ~あ、そうだった」悲しみの深さは、対象とのつながりの強さに比例し、感情の動きは、時に怒りという形で現れたりすることを描写した小説を思い出した。「悲しみ」はすぐにやってくるとは限らない。時間をおいて現実を受け入れたときに、本当の悲しみが現われるのだろうか、と思うようになった。
「人はいつか必ず負けます。大事なのはその悲しみを理解することなのです」
成長とともに、家族や友人、一緒に育った猫のピーなど、何度も何度も悲しい思いをした。それは時間とともに消化できたが、その後にあったある出来事に絹子は深く傷き、どんよりとした「悲しみ」に沈んでいた。自分でも二度と立ち上がれないとわかっていた。そんな時に巡りあった小説が絹子を覚醒させた。村上春樹氏の短編集『レキシントンの幽霊』の中の『沈黙』。そこには「人はいつか必ず負けます。大事なのはその悲しみを理解することなのです」を読んで、自分の「悲しみ」の種類を理解し、向き合うことができたのだ。そこには、文学、映画、楽曲、童話…あらゆるコンテンツに描かれた「悲しみ」を学びとろうとする絹子がいた。
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絹子は自分事だけでなく、文学、映画、音楽や童話にも、多様な「悲しみ」があることを知った。それから、どのくらい時間が経過しただろう。しあわせを感じたことも、生きていてよかったと実感することもあったが、また幾度かの深刻な「悲しみ」を味わい、苦しいことも経験した。人生も折り返し点が近づいてきたこの頃、モノのとらえ方も円熟味が増してきたと自覚することがある。「悲しみ」は沈黙、脱力感や失望感、挫折感をともなうことを学んだが、そういう経験を通じて、生きることの目標にも出会うことができたと思っている。つまり、「悲しみ」という感情がなかったら、すぐれた文学や映画、音楽の表現も薄いものになっていたかもしれない。それは自分が成長するための人生を教えてくれた教師のような存在で、「悲しい」感情こそが、わたしたちの楽しみや豊かさ、しあわせを感じさせる指針だと実感している。
ギョーム・デュシエンヌの1862年の著書『人の表情メカニズム』
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出典:Wikipedia
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