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アラサー共感の嵐。綿矢りささんの『私をくいとめて』を読んで。

あの感覚が「くいとめてほしい」ということか。
読み終わった後、スッキリしました。同時に「さて。私の日常、人生歩いていきますか」と肩の力を抜いて前を向けるような、そんな物語でした。

今回ご紹介するのは綿矢りささんの『私をくいとめて』です。
綿矢りささんの作品は小学生の時、『蹴りたい背中』を読んだのが初めてですが……当時の私には難しすぎました。読み終えたものの、理解はできていなかったと思います。

それが数十年の時を経て別作品を読んだところ、読みやすい上に共感しかない!
自分の成長(老化か?)を感じながら、作者様の魅力に気が付き感動したので是非作品について語らせてください。

ページを捲る度に「分かる」と頷いてしまう。
それは……主人公の黒田みつ子が私の境遇に近いからです。
アラサーだし独身だし。大体仕事のこなし方も分かってきて、日常の波が落ち着いてしまう時。
良くも悪くも自分の日常に収まってしまう時期だと思うのです。同時に日常の尊さに気が付く大切な時期でもあります。
要するに……「あーあ。なんか面白い事ないかな?」とつまらなくなってくる頃!(笑)

そういう時、ふとした瞬間に孤独が沁みるのです。
結婚と子供……。
いつの時代も女性の悩み事上位を独占する二つが襲い掛かってきます。
その巨大な二つの悩みに対して主人公の考え方が飾らない、自然なものなので読んでいて気持ちが良かったです。

 子どもかー。いたら楽しそうだけど別にいなくてもいいや。子どもがどうしても欲しい人には分かってもらえないが、意地でも誇張でもなく、等身大の正直な本音だ。

『私をくいとめて』綿矢りさ 110ページより引用

自然体な主人公みつ子の言動に読者は癒されるし、いいなと思えるでしょう。
分かり合えない女性同士で結婚、子供の話題になったら地獄になるので突っ込んどころまで話すことはできないのですが……。(話題にしたところであまり楽しい雰囲気にはならない。そうと分かっていながらも話題に上がってしまう……。世は無常なのです)
言いたいことを全部みつ子が言ってくれるのでスッキリします。

他にも独身アラサーあるあるが盛りだくさんで共感の嵐となること間違いなしです。

他にも心に響いた言葉があったのでここに書き留めておきます。

 必要とされる喜びと利用される悲しみが混ざり合う「仕事」に、魂まで食われてしまいたくない。

『私をくいとめて』綿矢りさ 136ページより引用

仕事に対する考え方も共感できるものばかりでした。
格好つけない。かと言って仕事に対してマイナス思考でいる訳でもない。
みつ子の感性が本当に好きすぎる!

一人で食事に行くと周りのグループの会話を聞いてしまうの、とても共感しました。(笑)

さて。この物語の謎として「Aの存在」というものがあります。
Aというのはみつ子の行動や人生にアドバイスをくれる、みつ子が一人の時に脳内に現れる不思議な存在です。

それだけ聞くとみつ子、疲れてるんじゃないかと心配になってしまうでしょうがAの存在というのはとっても深いもののように感じました。

もう一人の自分が現れる時というのは強い不安を感じている時だと思うのです。

正しい判断かどうか自問自答する。多分、無意識のうちに私の中にもAがいるのだと思う。
いや、Aはできた人だったから私の場合Bかもしれない。

「もうアラサーなのに、あんたは何やってんの!」って怒ってるのも私だし、「結婚は?子供は?」って突いてるのも実は私だったりする。

だからもう一人の自分がいなくなるということは、不安じゃなくなった。あるいは自分に自信が持てるようになったのだと思います。
みつ子が取引先の会社員多田くんと付き合うようになってから、Aが姿を消してしまうのですが、そういうことなのでは?と解釈しました。

本作風にいうのならば「私」の不安を、心の崩壊を「くいとめる」ことができたからAはみつ子の元を去っていった、ということではないでしょうか。

生きていれば自分の心が崩壊してしまいそうな出来事に出くわすことが何度かある。私もそれなりにありました。
みつ子の場合それは多田くんとの関係が崩れてしまうことだった。

自分を立て直せるのは、「くいとめられる」のは自分だけなんです。
他の人に手を差し伸べられ、励まされたとしても最終的に立ち上がるかどうかは自分次第。
それをAという第三者のような姿で描くことによって愛着が湧くし、冷静になることができるのです。

アラサーあるあるの他にも多田くんとの恋愛模様がほんわかとして良かったです。
作ったご飯を持って行ってもらう仲……。不思議だけど素敵な関係だと思いました!

他にも濃いキャラクター達が登場しますが、そのどれもが日常に息づいているようで……今にも姿を現しそうだと思えるのが凄い。日常描写や、人物描写が巧みで実在する人物だと錯覚してしまいます。

アラサーならではの悩みや状況に共感できるだけでなく、みつ子の感性に癒されたり、自分の日常が愛おしく思えるような素敵な作品になっています。

以上、綿矢りささんの『私をくいとめて』の感想でした。
本日も最後までお読み頂きありがとうございました!


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