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酒とビンボーの日々 ⑬むしり取られるビンボー

これは「ビンボー生活あるある」なのか、
水道代や光熱費を銀行口座に入れておくのに
残高が足りずに落ちていないということがある。

これはまったくの謎でしかない(笑)

大体、ビンボー家の僕は妻に全給与を渡し、
そのうえで2万の小遣いと家賃と水道・光熱費をもらう。
2万の小遣いとはいえカードで落としている分があるので、
半分はその返済で消えることになる。

それに妻が渡してくれる費用は一切の無駄がなくピッタリなので、
何か少しでも齟齬があると一切口座から落とされないのである。

そのせいでカードが使えないという仕儀に相なってしまい、
その原因を通帳印字でみるとカードの年会費とある。
そんなものが今月引かれるなんて聞いていないし、
そもそも年会費ってどういう名目で引かれるんだ?
頭のなかはパニックで、今月カードが使えないとなると使える金はないので、どうやって生活をするか?ということになるわけだ。

さすがに自分の持ち物で売るものを考えざるを得なくなった。

ビンボーな僕の持ち物と言えば、
音楽鑑賞が趣味でまだ500枚くらい地下倉庫で眠っているCDがあるが、
もう今はCDは大した金額にならない。

10年以上前ならば、名盤のアルバムを30枚も売れば1万円くらいになったが、サブスクも市民権を得た今、中古30枚で2000円にもならない。
昨年、時代の名盤的なものを30枚売っても1500円だった。

あとは本だが、これは実家に大量に眠っている。
昨年、ブックオフで400冊近く売ったが、14000円がいいところだった。でも中にはアメリカ文学の絶版本に800円の値段がついていたので、これはきちんとセドリすべきだったなとひとりごちた。
この他に上村一夫などの70年代や80年代の昔の漫画(初版もの!)があるので好事家目当てでメルカリに売ってみようと思っている。
そのために一度、実家に帰ってみようかと思ってもいるのだ。

あとは楽器である。
一応、僕はギタリストでもあるのでギブソンES335(73年製)と
フォデラのボルトオンの4弦ベースを持っている。

フォデラのベースは定価40万円のものを前に持っていたベースを下取りにだして30万ほどで手に入れた。それが20年以上前である。
ずっと使っていなかったのだが、5年前くらいに一度楽器店で見てもらったらネックがねじれて曲がっており、そういったところを調整したり直すと5万円はかかると言われて以来、触るのをやめてしまった。5万円なんて楽器のために出せないと思ってしまったからだ。

その5年前からも、ビンボーだったのである。

戯れにつま弾くのならば、ギターのほうだろうなと思い、
ベースを売ることに決意した。
それに、お金がない、という状態についに耐えられなくなったこともある。

それは急な決断だった。背に腹は代えられない。
そう決心したら後悔と懺悔の酒を飲まずにはいられない自分がいた。

春が来たとは言え、まだ肌寒い土曜日にネットで見つけた買取業者を呼び出して査定してもらうことにした。楽器の全体像と裏側と細々とした部分を写真に撮り、業者にメールで送った。
本当にこれでいいのか?ずっと自問自答していた。
メールを送ると割とすぐに電話が来て、
今日中に査定に行きたいとやけに積極的にアプローチしてきた。
明日じゃダメか?と聞いたがうちが嫌でなければ今日見たいとかなりの猛攻。
これはもしかすると高く売れるのではないか?という期待感に「いいですよ~」と二つ返事。
そんなにルンルンでもないのだけれど、よくわからない期待に鼻息が荒くなる自分がいる。

就職してから20年以上を過ごした相棒を売り飛ばすというのに。
罪悪感はないのか。ないわけではないが、
きちんと使える状態にするにはもう5万円の追加投資が必要なのだ。
だが、そんな金は僕にはない。ベースを弾いている時間さえもない。

それならばベースを売り払い、少しくらい家族の楽しみのために使ってもいいじゃないか。家が傾かないようにするための運転資金にしてもいいではないか。

そうは思うが、アンビバレントな感情がせめぎ合い、なかなか踏ん切りはつかない。

いっそのことさっさと買取業者が来てくれたらいいのにと思った。何度か時間を調整しているうちに夕方になり、家の電話が鳴る。
それが買取業者だった。10分しないで着くとのこと。
待っていると玄関チャイムが鳴る。

「すいませーん、〇〇(買取業者)ですー」

扉を開けると眼鏡をかけたガタイのいい優男がいた。
早速、楽器を見てもらう。

「いい楽器ですね」と業者男。

そんなゴマすりはどうでもいい。
当然だが、元は40万もするニューヨークのメーカー、フォデラ社のベースだ。いい楽器でないわけがない。
ただ、もう数年使っていないので劣化は目に見えており、業者男は言いにくそうに言った。

「売らないという方法はないのですか?」
「まあ、何度も考えましたけどね」
「正直あまり良い値段をつけられません。ところどころ金属部分には錆が出ていますし、ネックも反ってます。それをメンテナンスをするとなるとかなりこちらでも持ち出しが発生してしまうんです」
「でしょうね、20年以上の手垢がありますからね」
業者男はうんうん唸りながら電卓を叩き、2回ほど席を外してどこかに電話を掛けに行った。

色々と頭を悩ませているところ悪いが、僕も背に腹は代えられないので、ある程度の金額を頭に浮かべながら話している。

戻ってきた業者優男は申し訳なさそうに「10万円です」と僕に打ち明ける。
すると僕は、役者も真っ青な感じで大きいため息をつく。
その時に両手さえ挙げたりして見せた。

「そうですか、それはそうですね」

まあ、10万円というのも勿論想定内ではあったが、
おそらく相場は15万くらいには膨れそうだという、思惑もあった。
15万という値段をどう引き出すか、そこが問題だ。
定価40万とはいってもすでにポンコツと化している商品。

そこで僕は某古楽器店の嘘の価格を13万円だと告げた。
すると業者優男はこちらを見て、さらに電卓を叩いた。

なにか出たのか、清々しい顔をして13万5000円ならどうだと告げた。
こちらの思惑もあったが、15万は言いすぎなのだろう、
これが譲歩できる値段なのだろうと思った。

ここで強情を張ることも考えたが、業者男が楽器のことから音楽の話を始めたら、そっちの話のほうが面白くなってしまった(笑)
こういうことにもそうだけど、僕は詰めが甘い人間だ。

15万にすることもあったのかもしれないが、
業者が清々しい顔で出してきた値段とその音楽についての話が合うことに、
僕はもうこれでいいだろうと思ってしまったのだ。それがすべてだった。

なんだかんだと言えば15万は可能だったかもしれない。
ただ業者優男はパーツやマティリアルの部分ではない、その楽器の思い出やら出自なんかを聞きたがった。
そのベースからでる音を聞かんばかりに開放弦を弾いてその感触を確かめた。

「いい音色です。ねえ? 鳴りがいいですよ。お客様はチョッパーとかやっていたんですか?」
「ええ、まあ。そっち系でしたね。逆に質問してなんですが、何か楽器はされるんですか?」
「いいえ、私は聞く方専門でして。。」と業者男。
「どんな音楽を聴くんですか?」
「もっぱらジャズです。もうジャズしか。そんな音楽を聴いてるんですよ」
「そんなにいいですか? ジャズ」
「そうですね、彼らから出てくる音には嘘はないですからね」
そういって悲しそうに笑った。
「ジャズはどんなものを?」
「ああ、デクスターゴードン、サックスの人です」
「知ってます、独特のリズム感で畳みかけますね」
「ええ、そのサックスのひとです、あとクリフォードブラウン…」と恥ずかしそうに言った。
クリフォードブラウンは、人としても素晴らしいサックスプレイヤーだった。「アイ・リメンバー・クリフォード・ブラウン」が有名な早世のサックスプレイヤーだ。

「素晴らしいじゃないですか」
「ええ、自分でもそう思ってます。その音楽は素晴らしいと。でも、昨今はサブスクのせいでいまいち音楽に向き合えない音楽家が増えている気がするんです」と僕に目を向けた。
「私は音楽をしない、できない人間だけれど、あなたはできる。なのになぜ音楽に没頭しないのですか?」と言われた。
僕もそれにそれなりに答えることはできるが、ありのままに言うしかない。
「それは生活苦もあるし、時間的な余裕もないし、その理想と現実の間にはどうしようもない間隙があるんです」と静かに語った。

そういうと業者男は悲しそうな顔をした。
その後、30分近く話し込んだ。
正直、この男にベースを買ってもらってよかったと思った。
最後にもう一度、念を押された。

「本当によろしいのですね? 買取業者が確認することではありませんが」
「僕よりもいい持ち主の手に渡る方がよいですよ」

マンションの下の車止めまでベースを見送ると
いかにもバンドワゴンといった感じの軽乗用車にベースの入ったケースを載せてしまうとそのまま車を出して行ってしまった。
しばらく見送っていたが、懐に入った13万5000円から2万円抜いて妻に立て替えてもらった金を返し、残りからその日の酒代と家族の菓子代に充てた。

僕は楽器よりも家族を選んだのである。
その行為を称賛されようなどと思ってはいない。

ただ何かあったときに使うためのお金のつもりだったのだが、
こういうときに限って、
会社のアルバイトが辞めるので商品券を買うから5000円、
膝を痛めてしまって治療代10000円、
妻が具合悪くなって外食の代わりに出前をとって5000円、
新入社員の飲み代で10000万円
など諸々と使うことがあって3万円ほど軽く飛んでいく。

僕はお金を持つことができない運命なのかもしれない。
お金を持った途端に思いだしたように僕の周りが急に物入りで動き出す。

子どものために何かしてあげるためのお金なんて思ったが、
その前に無くなってしまいそうだ。
ビンボー神はないところからむしり取っていく。
僕の場合、国家がそれなのかもしれないけど(苦笑)

コッキンポンコ。


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