アニメ「恋は双子で割り切れない(ふたきれ)」の琉実と那織の父をテーマに、ラノベの主要人物に両親がいない論について考察する
前置き
7月半ば、Wikipediaからメールが届いた。
私は推し声優のアニメ出演を把握するため、推しのWikipediaが更新されるたびに、メール通知が来るように設定している。
更新内容を確認したところ、アニメ出演作の2024年の欄に、『恋は双子で割り切れない(神宮寺父)』という記述が増えていた。
「おい、父親役やるのこれで何十人目だ?www」と一人で大爆笑しながら、私は『恋は双子で割り切れない(以下:ふたきれ)』を見始めた。
神宮寺父の出番まとめ
※地味に長文なため、話の本題だけ読みたい方は、目次の「ライトノベル作品における親の存在」まで飛ぶことを強くお勧めする。
1話
1話の時点では、神宮寺父の出番はなし。
OPで主人公(白崎家)・ヒロイン(神宮寺家)両家の両親4人が談笑するカットがあり、両親が単話出演のモブキャラではないことが伺えた。
ライトノベル原作のアニメにしては珍しく、ふたきれは両親がよく登場する作品のようである。
また、双子の姉・琉実が、「身長も髪形もほぼ違いがなかった頃、私と那織を見分けることができたのは、お母さんと純だけだった。お父さんですら、時々間違えたのに」というモノローグをしゃべっていた。
なんだかヤバそうな父親だ……。
2話
原作ラノベの作者である髙村資本先生いわく、どうやら2話からお父さんの出番があるらしい。
ワクワクしながら、録画した2話の再生ボタンを押した。
開始ものの数秒で、推しの声が聞こえた。
「分かります。正確に言うならあれはイスパノで、しかもエンジンはマーリンだ」
……どうしよう、親の声より聞きなじみのある間島淳司の声帯から日本語が発せられているのに、何を言っているのかさっぱり理解できない。
「純くんはどう思うんだ?メッサーか?スピットファイアか?」
マジで何を言っているのか本当に分からないので、一旦録画を止めてGoogle先生に頼ることにした。
恐らくどうやら、戦闘機の話をしているらしい。
「食べているものが分かれば、人物が分かるとサヴァランが言ったように、好みで人が分かる」
サヴァランって何をされてる方なの??
※哲学者とのこと。
どうやら両家でBBQをしており、主人公の純くんと両家の父親の3人で、戦闘機トークに花を咲かせているらしい。
男性陣の会話内容の1割も理解できないまま、内田真礼が「パラレルーなハート♪」と歌い出し、衝撃のアバンタイトルが終了した。
Aパートに入って諸々話が動き、起床した那織が「宇宙、そこは最後のフロンティア」とつぶやきながら、テレビを見ている父親のいるリビングへ赴くシーンに入った。
「娘が恒星日誌の出だしを暗唱する。(以下うんぬん)」
としゃべり出した。
「多分なんかの作品の話をしているっぽいぞ……」と思い、再びGoogle先生を頼る。
どうやらお父さんと那織は、スタートレックの話をしているらしい。
お父さんが現在テレビで見ているのもスタートレックで、那織いわくうんざりするほど何周も繰り返し視聴しているようだ。
「カークとピカードが共演するシーンは、何度見てもいい」
助けてGoogle先生~~!!!
恐らくお父さんが鑑賞しているのは、「スタートレック ジェネレーションズ」らしい。
新旧2世代の登場人物が共演を果たすクロスオーバー的な作品とのことである。
「宇宙ものだったら、スターウォーズの方が面白いんだけど」と主張する那織に対し、「SF設定からドラマを紡ぐか、貴種流離譚をSFで語り直すかの違いは大きいな」と、お父さん。
コイツ面倒くせぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!
その後この面倒くせぇ父親が、娘の分の食事を勝手に食べていたことが判明する。
父親としてゼロ点過ぎるぞ……。
その後Bパートでの琉実と母親の会話で、幼き双子が引っ越しのあいさつで着ていた水色のワンピースが、シャイニングのコスプレだったことが判明。
確実に"アイツ"の趣味である……。
これで神宮寺父の出番は終わりかと思いきや、特殊EDでまさかのミリタリートーク延長戦(今回は恐らく戦艦)が始まった。
しかも酒が入って酔っ払っている!!!!
ぱっと思いつく限りでは、直近だとこのすばのダストぐらいでしか聴けていない間島さんの酔っ払い演技!!!!!
「砲塔は小ぶりになり、ランチャーはVLS……。SF感は増したが……ある種こう……さびしさが」
……理解できない日本語を話す神宮寺父に対して、もう何も思わなくなってきた。
「あ~そういえば、大和の九四式46cm三連装主砲塔のプラモデルがあって~」
何度も巻き戻してセリフを聞き取ろうとしたが、琉実の「お父さんは皿を割りそうだから洗うな(要約)」というセリフと重なっていることもあり、固有名詞部分が果たしてこれで合っているかは定かではない。
とにかくこの2話で、神宮寺父が「父親としては無能のミリオタトレッキー」であることが、これでもかと言うほど伝わってきた。
3話
2話連続の出演。
琉実が左手首をねんざしたことに対して、お父さんは「左だから、そんな不便はないはずなんだけどなー」と能天気発言していた。
お前そういうとこやぞ……。
4話
4話にお父さんの出番はなかったが、髙村先生が有益情報をポストしていた。
車のナンバーは、スタートレックのエンタープライズ号から取っているらしい。さすがっすね……。
5話
神宮寺父はセリフこそなかったものの、子どもの頃の回想シーンでたくさんその姿が描写された。
著作権的に褒められた行為ではないが、もう1カットだけ引用させていただく。
お父さんが持っているレコードらしきもののジャケットに注目してほしい。
そう、元ネタは恐らくピンク・フロイドの『狂気』である。
おい、小学生(多分)の愛娘になんちゅうアルバムを勧めとるんや!!!!
このカットの恐ろしいところは、「琉実は昔から『お姉ちゃん』という響きに、責任と優越感を感じていたみたいだし」というセリフを那織がしゃべっている間に映るという点である。
この那織のセリフに、
母に褒められる責任感の強い姉・琉実
母に褒められる姉をうらやましげに見る妹・那織
娘の心情なぞおかまいなしに、フロイドの狂気を布教する父
というカットが載る神宮寺家。
あまりにもおもしれー家族過ぎるだろ……。
6話
家族の描写はほぼなく、校内の友人関係を掘り下げる回だった。
双子の帰宅時に神宮寺父の外車がなかったので、車で出勤中だったと推測される。
7話
今週も出番はなし。神宮寺父が恋しいよ……。
8話
双子の誕生日会。
「ちょっとお父さん、人の誕生日に陰気な曲をかけないでくれるー?」という那織のセリフで神宮寺家のリビングが映り、お父さんと狂気のレコードが画面に映った。
そう、フロイドの狂気の伏線回収である。
どんな伏線回収やねん……。
すかさず、「これは生き方について歌ったアルバムだぞー。誕生日にこそふさわしい!」とお父さん。
ふ さ わ し い わ け な い だ ろ。
そして、お母さんが「あの人はそもそも性格が陰気なのよ」と言ったのに対して出した「ぬぁっ!?」とうめき声が、間島さんがいろんな作品で多用している声ならぬ声で、声優オタクは非常に興奮した。
閑話休題。その後、
琉実「毎年太宰の命日が~とか」
那織「そうそう、普通娘の誕生日にそんな話する?」
と、双子が父親についての不平不満を続ける。
どうやらお父さんは、娘の誕生日が桜桃忌と同日であることに興奮しているらしい。
こんな父親は嫌だ。
8話終盤では、普通に父親として琉実のバスケの試合を応援していた。
やっとまともに"父親"をしていて、心底安心した。
9話
冒頭に琉実の試合を応援するカットが一瞬だけ映った。
10話
嫌がる那織を押さえ付けて、無理矢理チェスをやらせる回想シーンがチラッと出てきた。
この父親は本当にロクでもねぇなと思った。
11話
4話ぶりにセリフありで登場。
仕事帰りのお父さんが、上機嫌で帰ってきた。
坂田将吾氏の実況ポストに笑った。
お父さんサブカルニートだと思われている……。
第2話ぶりに純と神宮寺父の映画トークを聴けて本当にうれしかった。
二人が話していた「グリーンクリスマス」という映画は、「ブルークリスマス」という映画のオマージュらしい。
12話
Aパートでは那織が純との会話で、「SFやミステリを嫌いでないことは、父親には言わない」という旨を発言。
「見返りもないのにお父さんを喜ばせて、なんの得があるの?」とのことだった。
那織は反抗期……涙。
Bパートでは両家でグランピングに行くシーンがあり、2話以来久々に両家の両親が集結。
神宮寺父のお腹いっぱいボイスと、両家の父親の酔っ払った声を再び聴くことができた。
ライトノベル作品における親の存在
……やっと本題に入る。
ライトノベルあるあるとして、主要人物(特に主人公)の親は海外出張やら死去済みなんやらで、なぜか高校生なのに一人暮らし(or子どもだけで別居)をしていたり、同居していたとしても作中では話題に挙がらなかったりすることが多い。
上記のような理由から、ライトノベルでは親が影の薄い存在であることであることがお約束のようになっている。
また、珍しく親が頻繁に登場する作品の場合、主人公やヒロインが家庭環境になんらかの課題を抱えているパターンが多い。
代表的な例を挙げるとすれば「とらドラ!」、直近の例で言えばふたきれと同じクールで放送されていた「義妹生活」がこれに相当するだろう。
また、親が頻繁に登場するとは言いにくいが、「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」の高坂兄妹の父も、桐乃のオタク趣味に全く理解を示さない存在、つまり兄妹が乗り越えるべき課題として描写されている。
これらの作品は「チェーホフの銃」理論で、作中に親を登場させる必然性があるのである。
裏を返せば、
「家庭が円満である限り、ラノベの主要人物の親は存在感が薄い」
(例:「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」の比企谷家)。
そして、
「家族が同居しているのに作中に描写がないのは不自然なため、多忙、別居、死去などの理由をわざわざ作って、主要人物たちとあまり接点を持たせないようにする」
(例:数えきれないほど多数)
のである。
話をふたきれに戻そう。
ここまでギャーギャー騒いできたように、ラノベ原作作品にしては珍しく、ふたきれはヒロインの両親が作中頻繫に登場するアニメである。
ではふたきれにおいて、作中に親を登場させる必然性は一体何なのか。
Xで神宮寺父についてパブサしまくっていたところ、原作1巻発売直後に神宮寺父の誕生秘話について説明する髙村先生のポストを発掘した。
要するに神宮寺父は、那織を「世代がかなり上のサブカルコンテンツに精通しているオタク女子」として描くために「すべての責任を負わされた」存在なのである。
つまり、父親を「登場人物が家庭内不和を克服し、人として成長するための存在」として登場させているのではなく、「娘のオタク化の元凶」として頻繁に登場させている。
親に影響された趣味があるラノベ主人公・ヒロインは、まあ探せばいるだろうが、オタク化の元凶となった親がアニメ全12話中チラッと映った回想も含めれば9話もしゃしゃり出てくる作品は、少なくとも私はふたきれ以外に知らない。
私がこんな怪評論を書き上げるほどに神宮寺父に強く興味を惹かれたのは、声優うんぬん以前に、神宮寺父とは守備範囲が重ならないものの、私自身も父親からの影響を受けたサブカルクソ女であるからだと思う。
2024年時点で20代女性である筆者は、父親の本棚が存在しなければ、「YAWARA!」も「ドラゴンボール」も「SLAM DUNK」も全巻読んでいなかっただろう。
父親のCDコレクションがなければ、Electric Light OrchestraもPet Shop BoysもThe Clashも、その他海外バンドも聴くことはなかっただろう。
(父は浅く広くのミーハーなので、CDコレクションは超有名バンドのベスト盤ばかりだったが……。)
ふたきれは、これまでラノベにおいて存在(感)がないか、関係性がうまくいっていないというかたちで描かれがちだった親という存在を、「オタク化の元凶」という役割で作品に登場させている。
これにより、作品のメインターゲットであるオタクに「ああ、自分もこうだったわ~」と、登場人物への親近感を呼び起こしたかなり革新的で独自性のある作品と言えるのではないだろうか。
……だが私がそう感じた一方で、「話の本題である主人公と双子の三角関係に関係ないサブカル話が邪魔」「会話内容がイタ過ぎて見ていられない」と感じる層の方がどうやら多数派らしい。
筆者はもはやラブコメそっちのけで、神宮寺父の異常行動を監視するためにふたきれを見ていたまであるので、前者については理解はすれど同調はできない。
ただ、後者についてはまあ分かる。
私自身那織やお父さんとはオタク趣味の守備範囲が異なるので、一歩引き俯瞰して見ることができた。
しかしもし神宮寺親子と同類のオタクだったら、共感性羞恥で死んでいたと思う。
最後に~声優オタクの独り言~
長文の最後にして話が本題からそれるかたちとなるが、私にふたきれを視聴するきっかけをくれた神宮寺父の声帯について最後に触れて、本noteを締めたい。
私がふたきれを鑑賞するきっかけをくれた間島さんは、別にミリタリーに詳しいわけでも、トレッキーな訳でもない。
これまで何十人もの父親役を務めた経験を買われて(そして音響監督の納谷僚介さんとの長年も縁もあり?)、今回神宮寺父役にキャスティングされたのであろう。
特にオタトーク全開だった2話は、当人も自分の担当するキャラが何を言っているのか、台本初見時はほぼ分からなかったと思う。
舞台が現代日本であるヒロインの父親役としてはありえない量の下準備に時間を割かれたに違いない。
それでも間島さんの演じる神宮寺父は、“クソめんどくせぇスノッブおじさん”そのものだった。
プロの声優だから当然と言えばまあそうなのだが、”訳の分からない難儀なセリフを言わされている感"はもちろんなかった。
そんな間島さんのことが、改めて好きだと思った。
子どもに「ひとり」「ふたり」と名付ける、「ぼっち・ざ・ろっく!」の家庭内カースト最下位窓際族よりも全然ヤバい父親に、まさかぼざろ放送から2年足らずで出合えるとは思わず、いち間島さんファンとして毎週アニメの視聴が本当に楽しみだった。
改めてキャスティングありがとうございました。