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【プルーストとベートーヴェン後期弦楽四重奏曲ー15番を中心に】和田章男「プルースト 受容と創造」(2020年刊行)から

 今年はプルースト生誕150周年。プルースト関連の書籍、音楽アルバム、講演会の開催などプルースト愛好家の間で盛り上がっています。最近刊行された和田章男先生の「プルースト 受容と創造」では「プルーストと音楽」篇で、ショパン、ワーグナー、ベートーヴェン、ドビュッシーのパリでの受容やプルーストとの関わりについて詳しい論考が掲載されています。

 ワーグナーのオペラは19世紀末には劇場で上演機会が増えパリに受け入れられましたが、ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲は20世紀に入っても、上流社交界で音楽に理解がある人だけの親密な集いで私的演奏会が開かれているにとどまり、後期弦楽四重奏曲を聴くことはエリートたちのエレガンスの極みでした。

 プルーストもその一人で、自宅に四重奏団を招いてベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲を楽しんでいたそうです。特に15番を好んでいて、「私が音楽で知っている最も美しいもの、15番の陶酔させるような最終楽章は、「病癒えたる者」の熱狂なのです。もっとも彼はその後まもなく死んでしまうのですが」と書簡で記しています。

 「病癒えたる者」とは、3楽章につけた表題「病癒えたる者の神への聖なる感謝の歌」に基づくもので、ベートーヴェンが大腸の病気が治癒したことの感謝の祈りを表現したもの。老いと病が創造へと転化される、すなわち苦悩から歓喜への飛躍はベートーヴェン的なテーマで、喘息を患っているプルーストに感銘を与え、プルーストは死の数か月前にも演奏を聞いたそうです。

 プルーストの小説「失われた時を求めて」第7編「見い出された時」の大団円では、過去の作中人物達が長い年月のあと老人となって現れるなか、主人公の「私」は無意識的記憶の体験によって啓示を受け、文学創造へと向かいます。ベートーヴェンの老年期の傑作、後期弦楽四重奏曲の老いと病の創造への転換は、プルーストにとって「失われた時」から「見出された時」への逆転を啓示するものなのかもしれません。


●エベーヌ弦楽四重奏団の演奏による、「ベートーヴェン弦楽四重奏曲15番5楽章」

https://www.youtube.com/watch?v=fh2a6vS2Fwc

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