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社員戦隊ホウセキ V 第2部/第28話;明かした感情
前回
六月二十六日の土曜日。
武家屋敷の波間離宮に出現したスケイリーにイエローが単独で立ち向かったが、圧倒的な力の差で捻じ伏せられた。一緒に居た最音子もろとも、スケイリーは和都を殺そうとしたが、間一髪のところでグリーンたち四人が駆けつけて、最悪の事態だけは回避した。
和都と最音子は、社員戦隊のキャンピングカーに退避させられた。
車内で和都の治療が進む中、最音子はついに感情を抑えられなくなった。
「どうしてこんな危険なことやらされてるの? 警察でも軍隊でもないのに! 光里は大会を欠場させられた! ワットさんなんか、殺されそうになった! どうしてなの? どうして貴方たちなの!?」
これは、光里が一月の大会を棄権させられた時から、ずっと最音子が思っていたことだった。和都が殺されてかける光景を目の当たりにした今、ついにその気持ちが爆発したのだ。
この声は車内だけでなく、ホウセキブレスを介して寿得神社の離れにも届いていた。そこで戦況を見守っている、愛作やリヨモの耳にも。
最音子の言葉は、現地の五人によりも離れの二人の方に重く圧し掛かっていた。愛作は俯いて口を真一文字に結び、リヨモは雨のような音を鳴らし続けていた。
『申し訳ありません。ワタクシに戦う力が無いばかりに、この方々にばかり辛い思いをさせています。貴方にも辛い思いをさせました。本当に申し訳ございません』
グリーンのブレスを通して、リヨモが最音子に言葉を送った。
音の羅列のようなこの言葉には猛烈な罪悪感が籠っていると光里たちは認識できたが、ジュエランド人の声を初めて耳にする最音子は違った。
「は? あんた、新杜の役員? 申し訳ない? 口だけなら何とでも言えるよね!」
リヨモの喋り方は最音子の耳に、誠意の無い形だけの謝罪として聞こえたのだろう。最音子は明確に怒り、顔を紅潮させながらグリーンの左手を掴み、手首のブレスに怒声を飛ばした。寿得神社の離れにも、その声は痛烈に響く。
「本当に申し訳ないって思ってんなら、ここに来い! 自分は安全な場所に引っ込んで、部下にばっか危険なことさせてんじゃないよ! 戦隊ごっこがしたいなら、あんたが現場に行って戦え!」
最音子はありったけの怒りを、その言葉に込めた。現地の五人、更には寿得神社の二人、この言葉を聞いた全員の胸に、その怒りは痛い程伝わった。
しかし、最音子は全ての事情を知った上で怒っている訳ではない。
「お気持ちは拝察します。しかし、上にも戦えない事情があるのです。私たちにも語れない事情もあります。ですから…」
マゼンタが最音子とグリーンの間に入り、最音子の説得を試みる。しかし、こんな曖昧な言葉では最音子を納得させられない。
『いい、マゼンタ。止めろ。彼女の言っていることは100 % 正しい。俺たちは批難されて当然なんだ』
今度はマゼンタのブレスを通じて、愛作が声を送って来た。地球人の彼の声には、ジュエランド人のリヨモと違って感情が籠る。
彼の言葉には一定の罪悪感を汲み取れた最音子。しかし、怒りを鎮める程の効果は無い。
「訳が解らない。戦えない事情って何? 上は死んだら駄目だけど、下なら死んでも良いってこと? 日本一の短距離走の選手でも? やり手のデザイナーでも?」
最音子が引っ掛かったのは、マゼンタの言った「上にも戦えない事情がある」という言葉だ。これはむしろ、最音子の怒りを増大させたようだ。
マゼンタはメットの下で顔を歪める。すると、ここでグリーンが動いた。
「モネ、もう怒らないで!」
グリーンはそう言って、変身を解いた。スーツが光の粒子となって霧散し、光里の姿を露わにする。まだ短距離走の競技着姿の光里は、真っ直ぐに最音子を見つめていた。涙が溢れた目で。
グリーンが変身を解く様を目の当たりにし、最音子は目を見開いた。
「やっぱり光里だったんだね…。光里…!」
やはりピカピカ軍団の緑は光里だった。この事実を認識した時、強い感情が湧いてきた。喜怒哀楽のどれなのか、最音子は自分でも理解できない。最音子の目から、自然と涙が溢れてきた。だけど声は押し殺して、嗚咽を喉の奥に封じ込める。
光里も最音子と同様の反応を見せた。
この光景をマゼンタとブルー、そして横たえる和都は居た堪れない目で見守る。声のみを聞く車外のレッド、そして寿得神社のリヨモと愛作も、同じような気持ちになった。
「今まで黙ってて、本当にごめん。そのせいで、モネには辛い思いばっかさせた。本当にごめん。もう、全部話すから…」
部外者に話しては駄目だろう? という野暮なツッコミなど入れる余地は無い。光里は涙ながらに語った。
「最初にブレスでモネと喋った女の人、前に話した【親しくなった社長の親戚の女の子】なんだ。でも、社長の親戚っていうのは嘘。本当はジュエランドっていう他の星から来たお姫様なの。ドロドロ怪物…ニクシムに両親を殺されて、地球に逃げて来た…」
光里は語った。ドロドロ怪物ことニクシムと、ピカピカ軍団こと社員戦隊ホウセキVとの戦いの裏にある事情を。最音子はそれを、真剣な面持ちで聞いていた。
(怪物に星を追い出されたお姫様は、昔から交流があった新杜宝飾の社長一族を頼って、地球まで逃げて来た。その時に持って来たイマージュエルっていう宝石に不思議な力と意志があって、戦士を選んだ。戦士に選ばれたのが、光里やワットさんたち。新杜宝飾の社長一族じゃなかった…)
これまでの経緯を語った光里。最音子は頭の中で、その話を整理する。あの程度は想定していたものの、現実とかけ離れた話にはそれなりの衝撃を受けた。最音子は半ば動転した様子だった。
「確かに、私が戦いたいって手を挙げた訳じゃない。でもさ。こんな事情知ったら何もしない訳にいかないじゃん。リヨモちゃんがしたみたいな辛い思いを、誰にもさせたくない。だから、私は戦ってる。これは私の意志。それは解って」
真っ直ぐな視線を最音子に向け、力強く語った光里。光里が語り切ると、それに続くかのようにブルーとマゼンタも変身を解いた。
「私も光里ちゃんと同じです。同じ悲劇を繰り返してはいけない。最初に話を伺った時に、強く思いました」
「俺もです。と言うか、俺はむしろ社長や姫には感謝しています。大切なものを守れる力を、与えて貰ったのですから」
伊禰と時雨は、続け様に己の信念を語った。これは社員戦隊に選ばれた時から、彼らがずっと秘めている思いだ。それはこの人も同じだ。
「僕もですよ。僕は昔、ある人に危ない所を助けて貰って…。自分がして貰ったことを他の誰かにしたいって、ずっと思ってたんです。やらされてるんじゃありません」
外に居た十縷も気持ちを抑えられなくなったのか、居室のドアを開けて中に入って来た。変身を解いて。
十縷が姿を見せると、「見張りしてろよ」のツッコミと共にこの人も語り出した。
「地球を第二のジュエランドにしない。俺はそう思って、自分の意志で戦ってます。それぞれ言葉は違いますけど、全員気持ちは同じです。上に言われて、嫌々やってる訳じゃないんです。それだけは解ってやってください」
和都だ。彼もまた、気持ちを抑えきれなくなったのだろう。上体を起こし、掠れた声ながら熱く持論を語った。当然、すぐ伊禰に叱責されて、数秒も経たぬうちに寝かされたが。
ともあれ、最音子は五人の気持ちを見せつけられた。
「気持ちは解りました、って言いたいけど…。ちょっと待って。混乱してるみたい」
最音子は半ば動転していた。助手席の方に戻り、先に時雨から渡されていた水を、ここに来てようやく口にした。まずは息を整えたかったのだ。少し楽になって来たら、最音子は言った。
「光里。リヨモちゃん、だっけ? この後、会わせてくれる? 新杜の社長さんとも。どうしても言いたいことがあるの」
そう言った最音子の表情は、真剣そのものだった。人によっては、怖いとすら感じるだろう。しかし光里は勿論、他の四人もそう思わなかった。光里はブレスを通じて新杜社長に確認を取り、即答で了承の返答が来た。
かくして騒然としていたキャンピングカーの中の雰囲気はようやく平穏に戻ったが、本当の問題はそれではない。
「社長、姫。スケイリーはどうなっていますか?」
それを思い出させるかのように、時雨がブレス越しに愛作とリヨモに訊ねた。すると二人から、『また暴れ始めている』との返答が来る。これを聞いたら、社員戦隊が採る行動は一つしかない。
「みんな、再出撃だ。最音子さんは危険ですから、この車に残ってください。イエローもまだ傷が癒えきっていないから、暫く休んでいろ。というか、最音子さんを頼む」
この時雨の号令で、和都を除く四人は再び変身する。最音子に一礼して、再び戦場へと駆け出していった。戦闘員ではない最音子と負傷した和都は、その背を見送った。
見送った最音子の脳裏にはこんな言葉が甦っていた。
「仮に神明が本当にピカピカ軍団の一員で、貴方がそれを知ったとして…貴方に何ができるんですか? ドロドロ怪物と戦えるんですか? できませんよね? 助ける能力が無いなら、そもそも関わらない方が良いんじゃないですか?」
先刻、和都から言われたことだ。
今、こうして最音子は事実を知った。しかし和都の言った通り、自分が彼らにできることは何一つ無い。思い浮かびすらしない。
(光里はまた戦いに行った。それなのに、私は何もしないの? 何もできないからって、守られるだけなの?)
和都の言葉を引きずり、最音子は悩んでいた。そして当の和都も、再びベッドに倒れ伏して何も言わない。キャンピングカーの中は、再び沈黙に包まれた。
次回へ続く!
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