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社員戦隊ホウセキ V 第2部/第32話;逆転のベストカップル?
前回
六月二十六日の土曜日。
武家屋敷の波間離宮を舞台にした、スケイリーと社員戦隊の戦いが続く。
レッドとイエローを欠く三人の社員戦隊は、スケイリーの圧倒的な力の前に苦戦を強いられていた。
スケイリーと社員戦隊の戦いは、マダム、リヨモと愛作、十縷、そして和都と最音子の元に映像として送られる。
スケイリー優勢の展開にほくそ笑むのはマダムのみ。その他は皆、苦戦する社員戦隊を案じていた。
サファイアの中に残った十縷は顔を歪めつつ、自身のブレスが投影する映像を注視する。仲間の苦戦を目の当たりにし、気が気でない。
「僕も加勢できれば…!」
ブルーが施した応急措置のお蔭で、スケイリーの毒は緩和された。しかし毒が抜け切った訳ではない。立ち上がろうとすると頭がクラクラし、結局また片膝を付いてしまう。
毒だけでなく、針が刺さった腹と噛みつかれた右肩も深く傷ついている。気力があっても、体はとても戦えるような状況ではなかった。
苦戦するブルーたち、そして苦悩する十縷。寿得神社のリヨモと愛作はこの現状への対処法を必死に考えるが、名案が簡単に浮かぶ訳がない。
「ゾウオは過去に、一定時間が経つと力を失っていましたね。倒せなくても、その時まで粘れれば…」
愛作は、かつて燐光ゾウオが辿った結末を思い返した。先日、氷結ゾウオも理由こそ異なるが、優勢から一転して急激に弱体化した。
他力本願だが、時間切れに一縷の望みを見出そうとしていた。しかし、現実的にはどうなのか?
「今のニクシム神は度重なるニクシムの侵攻の結果、地球人の苦痛を糧にして強化している可能性が高いです。最近のゾウオを見ても、時間を気にしている様子は見受けられませんし…。そうすると、益々どうすれば良いのでしょう…」
リヨモが嚙み合わない歯車のような音を立てながら、悲観的な事実を列挙する。これで場の雰囲気は悪くなるが、事実だから仕方がない。愛作も本当はそれを解っていたのか、顔を歪ませる。社員戦隊にとって、悲観的な要素ばかりが目立った。
サファイアの中、そして寿得神社の離れ。どちらも暗い雰囲気が立ち込めている。
では、キャンピングカーの中はどうなのか?
ここには和都が居るから、悲観的な言葉ばかりが飛び交っている…という感じでもなかった。
(ジュールはとても戦える状態じゃねえ。時間切れを期待するのも厳しい。ゾウオが地球で暴れられる時間は、確実に前より長くなってる)
ベッドに置いたブレスが投影する映像を、和都と最音子が神妙な面持ちで見守る。和都は映像と、ブレスが受信する十縷やリヨモの呟きを受けて、情報を整理していた。
和都はネガティブになりがちだが、かと言って悪い想像ばかりする訳ではない。彼はネガティブなものも含めて、いろいろな可能性を考えられるだけだ。
(俺はどうだ? グロブリングのお蔭で、もう毒の辛さは殆ど無い。大怪我もしてないし、ヒーリングを浴びたから体力も戻ってる)
一度はスケイリーに屈して戦線離脱した和都。そこだけなら十縷と同じだが、和都には十縷と決定的に違う点があった。彼はマゼンタにしっかりと手を施されている。和都の方が十縷より体調が良いのだ。
このことに気付くと、和都は前向きに考え始めた。自分がスケイリーに勝つ方法を。
(俺一人が加わっても、大した力の足しにはならねえ。でも、ゴージャスチェンジャーを使ったらどうだ? ジュールほどじゃなくても、普段よりは強い筈だ。時間切れが怖いが、でも時間切れになる前にゴージャスチェンジャーを解除して、次は隊長とかにゴージャスチェンジャーを使って貰う。そうやってゴージャスチェンジャーを回せば、トータルで長時間ゴージャスチェンジャーを使えるんじゃないか?)
先刻は使用を躊躇ったゴージャスチェンジャーに対しても、今は不安が小さくなっていた。というのも、最初にスケイリーが出現した時は自分一人だったが、今は仲間が揃っているからだ。
これらの違いを有効利用する方法を、和都の脳は導き出した。
「行くしかなさそうだな」
明るい未来を想像した和都は、ベッドから立ち上がった。苦戦する仲間たちを救いに行く為に。しかし病み上がりの彼の背を押そうとする者は居なかった。
「待ってください。また戦いに行くつもりなんですか?」
ブレスを手に取り、居室に設けられたドアに向かって歩き出した和都に、最音子は息を呑んだ。そして、後ろから彼の手を掴んでその足を止めさせる。和都は怪訝そうに最音子の方を振り向く。
最音子を説得してこの場を発とうと思った和都だったが、それよりも先にブレスがリヨモと愛作の声を送ってきた。自分を制止しようとする言葉を。
『待て、イエロー。闇雲に向かって行って、何とかできる相手じゃないぞ』
『落ち着きましょう、気持ちは解りますが、無策で向かっても意味はありません』
しかし何を言われても、和都の心は変わらない。
「俺は行きます。この状況で何もしないなんて、無理です。スケイリーに食らった毒もグロブリングのお蔭で殆ど消えるみたいですから、体も充分に動かせます」
ブレス越しのリヨモと愛作、そして目の前の最音子にそう言った和都。確かに今の彼は、立ってもふらつくことはなく、顔色も悪くない。それでも、三人とも「そうですか」とすぐに納得はしない。
その三人に、和都は自身の作戦を伝えた。
「勿論、闇雲に特攻する気はありません。ゴージャスチェンジャーを使います。あれは時間制限があるんで、二分くらいしたら外して、他の人にパスするつもりです。そうすれば、ゴージャスになった誰かが常にスケイリーと戦ってる状態になりますから、全体では時間切れにならないと考えてます」
ゴージャスチェンジャーの知識があるリヨモと愛作は、すぐ和都の考えを理解できた。具体的で理にかなったその提案に二人の心は動きつつあり、和都はブレス越しにその雰囲気を察した。
次に和都は、目の前の最音子に目を向ける。裸眼なので具体的な表情は読み取りかねるが、彼女がまだ自分の再出撃に抵抗を覚えていることは明らかだ。彼女は社員戦隊に関する知識が少なく、和都の作戦を具体的に想像できないので当然だろう。
そんな最音子に対して、和都は視線を突き合わせながら両肩を掴み、訴えかけるように告げた。
「最音子さんだって、神明が苦しんでるから何かしたかったんでしょう? 俺も全く同じ気持ちなんです。解ってください」
私情は二の次で理屈や使命を重視する和都がこんなことを言うのは、かなり意外だった。この発言はリヨモや愛作だけでなく、出会ったばかりの最音子すら驚かせた。
「私の了承なんか、得なくても良いんじゃないですか? 私、部外者ですし」
和都は上長のゴーサインのみを得れば問題ない筈。それなのに、どうして自分を納得させようとするのか? 不思議がる最音子に、和都は包み隠さずに語った。
「貴方は神明の力になりたくて、真実を知ろうとしました。俺のことだって必死に助けようとしてくれました。そんな人を蔑ろにはできません」
場を丸く収める為に、適当に煽てて煙に巻く話術など和都にはない。これは一切の偽りの無い、彼の真意だった。言葉に籠めた精神は最音子にしっかり伝わり、心を突いたようだ。
「意外です。てっきり、人の気持ちとか解らない人だと思ってましたから…。よく言いますね。お前には何もできないだろう、みたいなこと言ったその口で…」
最音子は目を潤ませながらそう返した。勿論、これは怨み言ではない。次の瞬間、最音子がとった言動がその証拠だ。
「解りました。光里たちを助けに行きましょう。一緒に」
清々しい顔になった最音子はいきなり踵を返すや、運転席に向かった。意表を突かれた和都がその背を追う中、最音子は運転席に座って車のエンジンを掛け始める。
「私が現場まで運転します。ワットさんは戦いに備えて、体力を温存してください。私、MTの免許持ってるんで」
不純な動機で合コンに参加したり、和都をデートに誘ったりしただけはあり、最音子は行動力がある。和都も呆気に取られ、笑ってしまった。
『待て。一般人の君を危険な場所に近付けさせることを、認める訳にはいかない』
和都のブレスから、愛作のまともな意見が届けられる。しかしそんな言葉では、思い切った最音子を止められない。
「そんなこと気にしてる場合ですか!? 三人とも危ないんですよ! そんなことより、業者の軽トラとかの通用口があればナビしてください」
愛作を一蹴した最音子。愛作に返す言葉は無かった。和都は助手席に座りながら、ブレスで愛作に伝える。
「社長、この人は止められません。今は力を借りちゃいましょう。その代わり、この人の身の安全は俺が絶対に守ります」
初めは笑いつつ、最後は表情を引き締めて和都は言った。この言葉に込められた和都の決意は、適切に伝わったのだろう。
『解った。出撃を認める。但し伊勢。絶対に彼女を危険な目に遭わすな。自分が言ったことだ。絶対に成し遂げろ』
ゴーサインが出た。和都は快く、「了解!」と返した。
その直後に、リヨモが戦場への進入経路を伝えてきた。リヨモの誘導に従って、最音子は車を走らせる。
「最音子さん、ありがとうな。根拠は無いですけど、今度は勝てそうな気がします」
現場へ向かう途中、和都は運転する最音子にそう言った。最音子は一瞬だけ和都の方を向き、表情を緩ませた。
「そこまで言って、負けたら承知しませんからね。光里のこと、絶対に助けてください」
最音子は表情を凛々しくして、再び前を向いた。和都も同じ表情で前を向き、「ああ」と力強く返す。
確かな決意を胸に、二人は戦場への道を突き進むのだった。
次回へ続く!
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