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社員戦隊ホウセキ V 第2部/第29話;奇襲
前回
六月二十六日の土曜日。
武家屋敷の波間離宮にスケイリーが出現した。
たまたま和都とデートで波間離宮を訪れていた最音子は戦いに巻き込まれ、ついてに知ってしまった。
光里や和都が社員戦隊ホウセキVの一員であることを。更には、ジュエランドがニクシムの進攻を受けて陥落したことや、新杜家を頼って王女のリヨモが地球に逃げ延びてきたこと。そして、光里たちがどんな気持ちで戦っているのかを。
最音子に事情を語った後、まだ波間離宮で暴れるスケイリーを止めるべく、イエローを除く四人は再び戦場へ向かって行った。
キャンピングカーの中に、最音子と重傷を負った和都を残して。
スケイリーはこの庭園内の、最も大きな屋敷に迫っていた。湖さながらの海水を引き込んだ池の畔に建つ、平屋造りの広い屋敷だ。屋敷の縁側は多数の観光客で賑わっていて、池と庭の織り成す絶景を堪能していたのだが、スケイリーの存在だけでその歓喜は壊された。
「さあ、苦しめ! ニクシム神への供え物にしてやる!!」
屋敷の出入り口の方に迫ったスケイリーは打貝を装着した杖から炎を噴出させ、屋敷に向かって放つ。木と漆喰でできた屋敷はたちまち炎上する。出入り口の方から焼かれる形になり、中に居た人たちは逃げ場に困って混乱する。思い切って海水の池に飛び込む者も居れば、逃げ道を間違えて炎に囲まれる者も居た。
スケイリーは上機嫌で燃え盛る炎を眺め、悲鳴に酔いしれる。
だが、そんなスケイリーの気分は瞬時に壊された。
「青のイマージュエル!? 赤のイマージュエルもか!?」
燃え盛る屋敷の上空がガラスのように砕けると、そこから青のイマージュエルと赤のイマージュエルが立て続けに飛び出して来た。これらは光を放ちながら宝世機に姿を変え、高度を下げていく。サファイアは池に着水し、ピジョンブラッドはスケイリーの後方、屋敷の前方に広がる庭園に降り立った。
サファイアは船首の上部からサーチライトのような光を発し、水面に浮く人々を船体の中へと吸い込んでいく。そしてピジョンブラッドの方は、梯子の先から放水を始める。例の如く日光を浴びて七色に輝くその飛沫は、スケイリーの放った火を消していくだけでなく、更なる効果ももたらす。
「しまった…! 水を浴びちまった…!」
飛沫の一部は、スケイリーの体を濡らした。四月に、この水を浴びて弱体化したことがまだ記憶に新しいスケイリー。ピジョンブラッドから逃げるべく、屋敷の前から池の畔に沿って走り出す。しかし、彼は逃げられなかった。
「そこまで! 逃がさないよ!」
スケイリーの進路の先に、颯爽と緑の光か風が駆けて来た。グリーンだ。グリーンに行く手を阻まれたスケイリーは、足を止めて後ろを振り返る。しかしその視線の先には、ピジョンブラッドを呼んだレッドが居た。それならと言わんばかりに池から遠ざかる方を向くと、そこにはマゼンタが居た。
「どうなさいます? ピジョンブラッドの水で力も弱っていらっしゃることでしょうし。勝ち目も逃げ場もありませんわよ」
マゼンタが警告する。池に飛び込んで逃げる手もあるが、池にはサファイアが構えているので初めからその手は封じられている。
「スケイリー。今すぐに撤退しろ。さもなくば殲滅する!」
ブルーがサファイアの屋根の上に現れて、ホバーの音の間を縫う波長の声で、スケイリーに警告してきた。完全に追い詰められたスケイリーだが、彼もまたゾウオの一体。引き下がる訳が無かった。
「黙れ! 赤のイマージュエルの水を食らったところで、お前ら如きに負けるかよ!」
そう叫びながらスケイリーは杖の装具を骨貝に替え、四方向に構えたレッドらを同時に攻撃しようとした。しかし、それはかなわなかった。
「ガンフィニッシュ!!」
スケイリーの行動を予想していたレッドたちは、既にホウセキアタッカーにイマージュエルの力を蓄えていた。そのホウセキアタッカーを腰のホルスターから抜き、スケイリーに銃口を向けたレッドとグリーンとブルー。掛け声と同時に引き金も引いた。赤、緑、青の大きな光球が、三方向からスケイリー目掛けて飛んでくる。
この時、自分が攻撃すことに意識が向いていたスケイリーは、三方向からのガンフィニッシュに対して回避行動を取れなかった。
「ぐわあああっ!! 俺の装甲が…!」
緑、青、赤の順にガンフィニッシュがスケイリーに着弾する。四月の戦いでは、イエローのガンフィニッシュをものともしなかったスケイリー。しかしピジョンブラッドの水を受けた今、スケイリー自慢の装甲は堅牢さを失っていた。光球が炸裂すると敢え無く砕け散り、装甲の破片と共に黒い粘液を散らす。右腕は千切れて、背負った貝も半壊した。立位こそ保っているが、もうスケイリーには微塵の勝機も無いことは確かだ。
「キックフィニッシュ…花英拳奥義・打法・落椿!」
スケイリーに引導を渡すべく、マゼンタが走り出す。彼女もまた、警告の時点でイマージュエルの力を右の踵に蓄えていた。そしていざ、その力を解き放つ。時計回りに回転しながら跳び上がって、回転動作に乗せてピンクの光を放つ右の踵を振り抜いた。
「だああああっ!!」
もうスケイリーにはこれに耐える堅牢さは勿論、回避する余力すら残っていない。マゼンタの回転踵落としを、成す術も無く右側頭部に食らった。スケイリーの体は断末魔の絶叫と共に溶け、倒れ伏すより先に異臭を放つ泥と化してその場に散った。
イエローを欠くホウセキVが、あのスケイリーを破った! と歓喜に湧きたいところだが、意外に四人とも落ち着いていた。
『気を付けろ。まだ神社のイマージュエルの反応が消えない』
四人のブレスには、緊迫した愛作の声が聞こえて来た。この通信に、四人は特に目立った反応を見せない。通信が入る前から、四人ともあっさりと勝ってしまったことに違和感を覚えていたくらいだ。
「蹴る瞬間に思ったのですが…。スケイリーの顔が違う気がしましたわ」
マゼンタの言葉を受けてレッドが記憶から先程のスケイリーの姿を掘り起こし、脳内でその頭部を注意深く確認してみる。すると彼は気付いた。
「スケイリーの顔、違いますね! ただのウラームの顔ですよ!」
倒れされたスケイリーの額には鱗船玉貝を模した憎悪の紋章が無く、その両脇から伸びる触角も無かった。
倒したのはスケイリーではない? なら、何者だったのか? 一同は不穏な空気に包まれる。しかし、悩んでも仕方が無い。
「今は救助を優先しよう。レッドは俺と一緒に、救助した人の誘導を頼む。マゼンタとグリーンは屋敷に残っている人たちを連れ出して、怪我人が居たら対応してくれ」
ブルーは切り替えが速く、その意思を受けてサファイアは船首から木漏れ日のような光を岸の方に伸ばした。それを伝ってサファイアの中から何人かの人が出て来る。レッドはその人たちに逃げるべき方向を指示し、その間にマゼンタとグリーンは鎮火した屋敷の方へと駆けて行った。
(あのスケイリーが偽物なら、本物は何処だ?)
ブルーはサファイアの上に立ったまま、その広い視野と優れた聴覚を生かして、一帯からあらゆる情報を引き出そうとする。そして、彼は見つけた。
(ゲジョーがまだ撮っている。あの様子だと撤退する様子は無い。やはり、まだスケイリーは生きているんだな…)
池から割し離れた花壇の付近に、ゲジョーの姿を確認したブルー。黒い着物を纏った彼女はベンチに腰掛け、池の方にスマホを向けていた。表情にも、切迫した様子は見受けられない。
ゲジョーの様子からブルーはスケイリーが確実に生きていると踏み、ゲジョーがスマホを向けている先、自分が碇泊している池の方へと視線を向けた。そこで彼は決定的なものを目撃した。
「いかん…! レッド、後方注意! スケイリーだ!」
彼が見たものとは、水面から静かに浮上してきた一つの生首。甲殻類のような口と複眼を持ち、額には一対の触角と巻貝のような金細工を模した異形の生首、明らかにスケイリーの頭部だった。生首は、岸で避難誘導をするレッドを睨みつけている。
ブルーはレッドに呼び掛けると同時に、ガンモードのホウセキアタッカーを手にしてすかさず発砲した。水面上に浮いたスケイリーの頭部を狙って。
青く光る弾丸は後頭部に着弾し、表皮を貫いて中にめり込み、黒い粘液も吹き出させた。しかし、頭部だけのスケイリーは全く動じない。
「おっと、気付かれたか。でも、遅ぇっての!」
頭だけのスケイリーは、後頭部を負傷しながらも高速で一直線に飛んでいく。岸のレッドに向かって。
まだ人々の避難誘導をしていたレッドは、人々に逃げるよう促しつつもホウセキアタッカーを抜き、向かって来る頭だけのスケイリーを狙って発砲した。
この展開に人々は怯えて冷静さを失う。対照的にスケイリーは冷静かつ周到だ。
「今の俺は身軽だからな」
赤く光り、曲がりながら飛んでくるレッドの弾丸に対抗するスケイリーは、頭部だけという利点を生かして複雑な軌道で浮遊する。小さな標的に動かれてはレッドの曲がる弾丸も最終的な行き先に困り、ゆらゆらと宙を舞うだけになってしまう。
頭部だけのスケイリーはその間を縫い、レッドの弾幕を突破した。
「いけない! 早く逃げて!」
スケイリーは急加速して突撃したが、向かった先はレッドではなく、焦った余りに転倒していた壮年の男性。それに気付いたレッドはすかさず彼の方に走り、その前に立ちはだかってスケイリーの壁となった。これこそがスケイリーの狙いとも気付かずに…。
「ここまで狙い通りに動いてくれると、嵌める方も嬉しいぜ」
真っ直ぐ飛び込んだら防御される。それなら敢えて別の標的を狙い、それをレッドに庇わせれば良い。過去にザイガがグリーンに対して二度使った手口だ。今度はスケイリーがそれを真似て、見事に成功させた。
頭だけのスケイリーは、無防備なレッドの右肩に噛みついた。スケイリーの牙はレッドのホウセキスーツを突き破り、彼の皮膚をも切り裂いて出血させる。堪らずレッドは悲鳴を上げ、ホウセキアタッカーも落として両膝を折った。
次回へ続く!
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