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社員戦隊ホウセキ V第2部/第14話;約束を破る気は無かった
前回
六月十九日の土曜日。
この日の午後から、十縷たちはリヨモを交えて、寿得神社に併設されたプールにて、ジュエランドのスポーツである【ウモスミウ】を開催することにしていた。
十縷、和都、時雨、リヨモが先にプールに着き、光里と伊禰を待っていた。
待ち時間の中、十縷のひょんな発言から、リヨモたちは今から五ヶ月前、今年の一月にあったことを思い返すこととなった。
日曜日の午後一時から、光里と最音子が出場する女子100 mの決勝が開催される予定だった。
寿得神社の杜で訓練に臨んでいた伊禰たち社員戦隊の仲間たちとリヨモも、この大会を楽しみにしていた。
昼休み、伊禰たちはスマホでTV中継を観ながら光里の出番を待ちわびていた。
しかし、それは唐突だった。
伊禰たちのブレスがそれぞれ光を放ったのだ。
『ニクシムが出た! 対ニクシム特殊部隊、今すぐ出動してくれ!』
愛作からのニクシム出現の一報だった。この一言で、一同の気分がぶち壊されたことは言うまでもない。
それでも彼らに文句を言っている暇はない。すぐさま、出現したニクシムへの対応へと行動をシフトさせる。
まずはリヨモがティアラを外し、現地の映像を空中に投影した。
「ゾウオなのか…。三人だけで大丈夫か…?」
映像を見て、時雨が落胆したように呟いた。
出現したのはゾウオ。当時の彼らにとっては、九月の初出撃で戦った燐光ゾウオ以来、二体目のゾウオだった。あの時、彼らは最終的に勝てたものの、燐光ゾウオに圧倒された。
その記憶と併せて光里が不在という事実が、時雨たち三人とリヨモを不安な気にさせる。
「こ奴は殺刃ゾウオ。ジュエランドを襲ったゾウオのうちの一体です」
湯の沸くような音を立てながら、リヨモがこのゾウオについて語った。
殺刃ゾウオと呼ばれたこのゾウオは、両小手と肩甲骨の移置に計四本備えた鈍い銀色の刃が象徴的で、その名に説得力を持たせていた。体色は白色で、元素記号は鮮血のような赤。額には、髑髏を模した金細工。如何にも禍々しいデザインをしていたが、少し違和感を覚える点もあった。
「足はスケート靴なんですね。で、出たのはスケートリンクか…」
それに気付いたのは和都。そう、殺刃ゾウオの足の裏にはスケート靴のエッヂに似た刃が備えられていて、刃は刃だが…とツッコミたくなった。
それはさておき、このゾウオはその足の装備を活かしてスケートリンクを滑走し、軽快な動きで人々を襲っていた。
襲われていたのは少女たち。彼女らがフィギュアスケートの選手であることは、服装から一目で判った。そしてそれに気付いた次の瞬間、伊禰は息を呑んだ。
「そう言えば今日、女子フィギュアのジュニアの大会がありましたわ! マロパスポーツワールドで…。まさか、このゾウオが出たのは…」
伊禰の発言を受けて時雨と和都は目を見開き、リヨモも鉄を叩くような音を鳴らした。ゾウオは同じ場所に出たのだ。光里と最音子が出ている大会の会場と同じ場所に。
「とにかく行くぞ! 俺たち三人だけでも、あのゾウオを倒す。これ以上、被害を広げさせないぞ!」
嫌な空気を振り払うように、時雨は声を上げた。和都と伊禰、そしてリヨモもその声に触発されて自分を奮い立たせる。
時雨たち三人は、キャンピングカーの待つ駐車場へと走っていった。
―――――――――――――――――――――――――
マロパスポーツワールドの陸上競技場では、約三十分後に出番を控えた選手たちが舞台裏の広い控え室で、選手たちは競技着姿で柔軟運動やスタートの確認などに精を出していた。その中には勿論、光里と最音子の姿もあった。
そんな場所に、副社長の千秋が姿を見せた。随分と強張った表情で。彼女は群衆の中から光里を見つけると、一直線に向かっていった。
光里も千秋の姿に気付くと、準備運動を止めてこちらに対応する。
「光里。大変なことになった。ちょって来てくれる」
千秋は小声で光里にそう告げた。最初、光里はとぼけたような顔をしていたが、千秋の表情から嫌な事態が起きたのだろうと推測し、自ずと苦虫を嚙み潰したような顔になった。
かくして二人は、静かに控え室から出て行った。
周りの選手たちの多くは自分のことに手中していて、光里たちには目を向けていなかった。しかし、彼女らを見ていた選手も居た。
(どうしたの? もうすぐレースだった言うのに)
最音子である。
彼女はレース直前に控え室から出て行った光里の姿を明確に目撃し、その行動を不審に思った。しかし、気にし過ぎたら自分のパフォーマンスに関わるので、最音子はすぐに気持ちを切り替えて、レースの準備に専念しようとした。
光里は控え室を出たところで気付いた。
(副社長、ホウセキブレス持ってる。となると多分…)
試合直前の光里はホウセキブレスを外していたが、そのブレスは千秋の右手に握られていた。千秋の表情から感じた不穏な空気は、光里の中でもう確信に迫りつつあった。
二人は人気の無い廊下の一角に辿り着き、千秋は周囲に人が居ないことを確認してから話し始めた。
「さっき兄貴から連絡があったんだけど、ニクシムが出たんだって。場所はマロパのスケートリンクみたい。北野君たちが向かってるってことだけど…」
申し訳なさそうな表情で、千秋はゾウオ出現を光里に伝えた。
それに対して光里は、想定していた内容だったので余り動じた様子は見せなかった。
「現場に一番近いのは間違いなく私ですよね。だったら、行くしかないです」
光里はそう言って、右手を差し出した。千秋は「いいの?」と確認しながら、持っていた緑のホウセキブレスを光里に渡す。光里はブレスを左手に装着しながら語った。
「スケートリンクなら、ここから歩きで五分ですよね。二十分…いえ、十五分以内に済ませます。決勝には絶対に間に合うようにしますから」
光里は宣言すると、迷わず走り出した。ゾウオの出現したスケートリンクを目指した。千秋はその背を、申し訳なさそうな視線で見送る。
(ごめん、光里。友達とのラストランなのに…!)
最音子の件は、千秋も知っていた。だから辛かった。迷わずに走っていった光里の姿が。そんな光里の代わりに、千秋が苦しんでいるようにも見えた。
―――――――――――――――――――――――――
光里は短距離走の競技着のまま陸上競技場を飛び出した。
その光里が目指すスケートリンクは、まさに惨状そのものになっていた。
「さあ、苦しめ! その悲鳴をニクシム神に捧げろ!!」
殺刃ゾウオが出現したのは、午後に演技を控えた選手たちが合同練習を始めた時だった。
殺刃ゾウオはフィギュア選手顔負けのエッヂ捌きで氷上を華麗に滑り、練習に臨んでいた選手たちを次々と小手の刃で斬り伏せていた。
たちまち会場は悲鳴に包まれ、客席に居た観衆たちは逃げ出そうとしたり、面白がってこの様子をスマホで撮影しようとしたり、パニック状態になっていた。
中には、襲われた我が子を救おうと思ったのか、客席からリンクに飛び込んで来た者も何人か居た。しかし普通の靴では氷上を自由に歩けず、ただ殺刃ゾウオの餌食になりに行くだけだった。
リンクには、一人だけ襲われていない少女が居た。その少女は紺色の衣装に身を包んでおり、この大会に出場する選手かのような見た目をしていた。しかし怪物の出現に怖がる様子も無く、スマホを翳して淡々と一連の様子の撮影を続けている。
この少女はゲジョーだ。当時はその名を知られていなかったが。ところでゲジョーは、眼に涙を浮かべていた。
「助けて…。お願い…」
殺刃ゾウオに斬られた選手の一人が、氷上を這いながらゲジョーの足元に縋って来たからだ。脇腹を斬られ、白い衣装を真っ赤に染めて。
任務に徹するなら、この選手を蹴って振り払うなどして、この選手に更なる苦痛を与えるべきなのだろうが、それはゲジョーにはできなかった。かと言って、この選手を助けるという選択もできない。ゲジョーはこのジレンマに耐え、冷酷に徹してこの選手を無視して、撮影を続けた。
そんなところに、光里は駆け込んで来た。
スケートリンクは肌の露出が多い短距離走の競技着では気温が低くて厳しい場所だったが、そんなことは気にならなかった。体に大きな切り傷を負わされ、赤い血を大量に流しながら白い氷上に倒れ伏す少女たちの姿が衝撃的過ぎて、他の情報が認識できなくなっていた。低温ゆえに、血の匂いがそこまで感じられない意外さも、眼前の光景が吹っ飛ばしていた。
「酷い…。殺刃ゾウオ、いい加減にしなさい!」
選手たちの待機場所から、光里は殺刃ゾウオに向かって叫んだ。
リンクで猛威を振るっていた殺刃ゾウオはその声に振り向いたが、フィギアスケートの衣装ではなく短距離走の競技着を着た光里が不可解だったのか、首を捻っていた。
殺刃ゾウオの反応には目もくれず、光里はホウセキブレスを装着した左手を前方に突き出す。
「ホウセキチェンジ!」
掛け声と同時に光里は緑の閃光に包まれ、その中でホウセキグリーンに変身した。この様子を目の当たりにして、ようやく殺刃ゾウオは気付いた。
「地球のシャイン戦隊か! 一匹だけだが充分だ。その首、マダムとザイガ将軍への手土産にしてくれる!」
意気揚々と、殺刃ゾウオはグリーンの方へと滑り出す。グリーンも迷わずリンクの中に駆け込む。
白い氷が張られたリンクの上、黒地に緑の宝石を備えた戦士と、白い体に赤い模様と錆びたような銀色の刃を備えた異形が激突した。
次回へ続く!
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