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社員戦隊ホウセキ V 第2部/第26話;理不尽な戦い

前回


 六月二十六日の土曜日。

 武家屋敷の波間はま離宮りきゅうにて、和都かずと最音子もねこはデートをした。
 しかしその場に、スケイリーが現れた。最音子に逃げるよう告げ、自身はホウセキイエローに変身してスケイリーに挑んだ和都。かくして波間離宮にて、イエローとスケイリーの激闘が始まった。


 イエローとスケイリーが戦っている場所の対岸では、着物姿のゲジョーがスマホで戦いを撮影している。最音子はその傍らで、呆然と立ち尽くしていた。

(本当にピカピカ軍団は新杜あらと宝飾の人たちだった。あの日、光里ひかりもこんな風に戦ってたんだ)

 最音子の思ったあの日とは、一月に開催された自身の引退試合と決めた大会。決勝で光里が不可解な欠場をした、あの大会だ。
 あの日、女子100 m走の決勝の時に、ドロドロ怪物が同施設のスケートリンクに出現したことを最音子は後で知った。そして【女子の陸上選手がスケートリンクに現れた】という噂も聞いた。それ以来ずっと、最音子は光里がピカピカ軍団だと睨み、彼らとドロドロ怪物の戦いを気にしてきた。
 しかし、本物を見るのはこれが初めてだ。

(あいつ、本気でヤバい…。何なの、この感じ? そんなに私たちが憎いの?)

 生で見るドロドロ怪物=スケイリーに、最音子は底知れぬ恐怖を感じた。スケイリーは自分たちを殺したいほど憎んでいることが、何故か伝わって来る。想像していた以上にドロドロ怪物は危険な存在なのだと、最音子はこの場で痛感した。

めて…。お願いだからめて…。どうして、こんなことしなきゃいけないの?」

 最音子は目から涙が溢れさせながら呟いた。
 これはスケイリーの暴挙に対する批難ではない。和都を憂いた言葉だ。和都だけではない。光里もだ。
 こんな危険な者たちと、どうして彼らは戦わされているのか? この現実に、最音子は猛烈な理不尽さを覚えていた。


 ゲジョーが撮影する映像は、いつも通り小惑星に届けられる。ニクシム神の祭壇のある部屋に設置された銅鏡で、マダムがその映像を確認するのもいつも通りだ。
    いつもならザイガも共に映像を見ている筈だが、今回は席を外していた。

「黄の戦士だけが、偶然この場に居合わせたのじゃな。哀れな。こ奴、死んだな」

 力量の差を考えれば、イエローが単独でスケイリーに勝つことは不可能。そう思っていたマダムはふとティアラを外し、それに向かって語り始めた。

「ザイガよ。今、スケイリーが黄の戦士と戦っておる。このままでは黄の戦士はスケイリーに殺されるが、それでも良いか?」


 通信の相手は、同じ小惑星の別の場所にいるザイガだ。以前から、ザイガは地球のシャイン戦隊の能力を評価していた。明確に能力のみなら仲間に欲しいという旨の発言すらしたことある。だから、今のザイガの意思を確認しようとしたのだ。

 ブレスでこの通信を受けただろうザイガは、すぐこれに返した。

『黄の戦士ですか? 最も興味の無い戦士ですね。それに相手がスケイリーとは言え、一対一で殺されるようであれば、奴がその程度ということ。スケイリーに手加減をさせてまで、生かしておこうとは思いません』

 冷淡な返答だった。音の羅列のような喋り方でこれを言い、感情の音も一切立てないのだから、より冷淡に聞こえた。マダムは特に表情を変えず、「解った」とだけ言って通信を切った。そして、再び戦いを見つめた。



 マダムが通信した時、ザイガは自室に居た。ここ数日、ずっとジュエランド王の杖の改造にご執心だ。

「全く違う。これなら、奴の顔も思い出さん。この武器は生まれ変わった」

 ザイガは鈴のような音を鳴らしながら、杖の先端に備えられたイマージュエルを紙やすりのようなもので擦っていた。
   ブリリアントカットのダイヤモンドを思わせたその宝珠は、今は無色透明の斧の刃とでも呼ぶべき形状に変化している。黒く染まった柄も合わさり、随分と禍々しい様相に変わりつつあった。

(黒のイマージュエル、ニクシム神、そして生まれ変わったこの武器。使える石は全て使う。必ずや地球のシャイン戦隊を倒し、その背後に居るマ・カ・リヨモの首を取る。タエネの仇は、絶対に討つ)

 邪悪な願いを胸に、ザイガは作業を黙々と続けるのだった。


 今回、神社のキャンピングカーで現地を目指したのは時雨しぐれのみ。十縷とおる光里ひかりは、位置関係から佐々木公園からサイドカーで現地へ急行。自宅に居た伊禰は、タクシーで現地を目指していた。

 寿得じゅえる神社の離れの一階では、リヨモが王家のイマージュエルと交信し、現地の情報を整理している。離れには少し遅れて、愛作あいさくが駆け込んで来た。

「姫、お疲れ様です。何か進展はありましたか?」

 愛作は急いで走って来たのか、かなり息を荒くしていた。ちゃぶ台に置いたティアラと対面していたリヨモは、愛作の方を振り返って答えた。

「映像を見る限り、被害が広がっていないのが不幸中の幸いです。しかし、イエローが一人でスケイリーと戦っているという状況も変わりません。他の方々は、もうすぐ到着すると思われますが…」

 体から鳴らす耳鳴りのような音が、リヨモの切迫した心境を表現していた。愛作も同じ心境だ。

「みんな、一刻も早く駆け付けてやってくれ」

 指令ではなく、祈りとして呟いた愛作。勿論、現地を目指す十縷たち四人も同じ気持ちだ。また、リヨモはこの人のことも気にしていた。

(最音子さんも、どうかご無事で…)

 イエローとスケイリーが戦う映像の片隅には、池を挟んで向こう側からこちらを見ている最音子の姿が小さく確認できた。面識は無いが、写真や映像で顔は何度も見ている。その顔を見て、リヨモは彼女に災難が降りかからないことを真剣に祈っていた。


 多くの人の心配や祈りを背に、イエローはスケイリーと戦う。序盤こそ奮闘していた彼だが、やはり時間が経つと歴然とした力量の差が露見してきた。

「付け焼刃で少し体を鍛えたところで、俺には敵わねえんだよ!」

 輪宝貝りんぽうがいを装着した杖を振るい、スケイリーは強烈な打撃を連発してくる。その打撃は、ついにイエローの剣を折った。それだけではない。打撃は頭部にも炸裂し、ヘルメットを破壊した。バイザーが壊れて、銅の縁取りと共にトパーズのようなゴーグルから外れる。
 イエローは目許を晒しながら、池に近付く方向へと吹っ飛ばされた。

「ワットさん!」

 対岸から、堪らず最音子が悲鳴を上げる。傍らで撮影していた着物姿のゲジョーは、その声に一瞬だけ振り向いた。

 イエローを吹っ飛ばしたスケイリーは、畳み掛けようとはしない。一気に勝負を決めるよりも、少しずつ苦しめてニクシム神の糧にした方が得策だと考えているからだ。

いためつけて苦しめて、ニクシム神に捧げ物をしたいところなんだが…」

 しかし、スケイリーは悩んでいた。イエローの心が折れないからだ。

(こいつの注意を、俺だけに集中させる! 他の人たちには、絶対に手を出させない!)

 剣を折られてメットも壊されたイエローだが、その闘志は全く衰えない。強い意志で自らを奮い立たせ、再び立ち上がってスケイリーに向かっていく。
    突進からの跳び蹴り、それから追撃で左右からの正拳突きの乱打、更には中段蹴り。伊禰いねに鍛えられて培った体術で、スケイリーを攻め立てた。
 だが、堅牢なスケイリーは全く動じない。二、三歩ほど後退させるのが限界だ。

よえぇくせに、どうして怯えねえ? ニクシム神に捧げ物ができねえだろ」

 スケイリーは暫く棒立ちでイエローに殴られ続けていたが、すぐに飽きたのか、ふとイエローのパンチを去なして彼を横に泳がせ、すかさず追い打ちの前蹴りを彼の背中に見舞った。
    今度は池から遠ざかる方向に飛ばされたイエローは、腹這いにさせられる。その間に、スケイリーは杖の貝殻を交換していた。

「怖がらねぇなら、無理やり苦しめるしかねえな。早速、使ってみるか」

 そう言いながらスケイリーが手にしたのは、大小不揃いな三角形の紋様が白と褐色の二色で彩られた、工芸品を思わせるような美しい巻貝の貝殻。この貝殻を、スケイリーは杖の先端に換装した。
    対岸でずっと見ていた最音子は、その貝を見た瞬間に思わず息を呑んだ。

(猛毒の貝! あいつ、もう殺す気だ…!)

 スケイリーが手にした貝は、最音子にとって記憶に新しいもの。先程この池で遭遇した、鉄刀木たがやさん身無みなしだ。その時、和都がした説明の記憶もまだ鮮明だった。

めて! 殺すのだけはめて!」

 気付いたら、最音子は走り出していた。不動で撮影を続けるゲジョーの横を通り過ぎ、池に架けられた橋の上を駆けていく。踵の高くない靴を履いていたこともあり、最音子は現役当時を思わせる速さですぐ戦場となっている方の岸に到達した。しかし最音子にはそれ以上のことはできず、スケイリーの攻撃を制止するなどできる筈が無かった。

「しっかり苦しんで、ニクシム神を喜ばせろ」

 鉄刀木身無の貝殻を装着した杖をイエローの方に突き出したスケイリー。貝殻からは、無情にも一本の毒針が発射された。毒針は瞬時にイエローの元まで到達した。
 その時、スケイリーに背を向けた体勢で、何とか立ち上がろうとしていたイエロー。毒針は彼の右太腿に突き刺さった。ホウセキスーツを突き破り、深々と。

「うわあああああああっ!」

 痛みは相当らしく、流石のイエローも絶叫し、庭園中に悲鳴を響かせた。そして再び腹這いに倒れ伏し、動きを止めた。体を包んでいたホウセキスーツは黄の光の粒子と化して霧散し、眼鏡を失った和都の姿を現した。

「ワットさん!」

 和都の絶叫に続き、庭園には最音子の悲鳴も響き渡った。


次回へ続く!


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