朝寝坊は三文の徳・前編【社員戦隊ホウセキ V・番外編】
あの女の心の無い言葉は、俺の心を抉った。
あの女、マジで許さねえ…。
ぶっ殺す! 絶対にぶっ殺す! ぶっ殺してやる!!
俺は綾町改。関東科学大学の二年生だ。
田舎の出身で、大学進学を機に上京した。今は安いアパートで一人暮らししながら、大学に通っている。
一年生の時は講義ばっかりだったけど、二年生になったら基礎実験が始まる。俺は実験を楽しみにしていた。
実験は他の学生と二人一組でやることになっていた。
俺のペアは女子だった。
最初は当たりだと思ってた。
顔は…まあ、悪くない。胸は小さいどころじゃない。だけど、短いスカートをよく穿いていて、目の保養になっていた。
だけど性格は最悪だった。女子が少ないから、バカ男にチヤホヤされる。だから、自分が可愛いと思ってるクソ女だった。
何より、俺より背が高いと思って、上から目線で明らかに俺を見下してやがった。
実験のペアが決まった時、俺は自己紹介がてらクソ女に話した。
「俺さ、江戸大を目指してたんだ。実力が出せればイケてたんだよ。だけど中心試験で力出せなくって、ギリギリ願書が返されないくらいの点しか取れなくって」
そう。本来なら、俺は関東科学大学で落ち着く筈じゃなかった。不運続きだったんだ。
「マークより記述の方が得意だったから、大学ごとの二次試験なら逆転できると思ってたんだ。だけど第1問の図形の問題で、8+7を13にしちゃって…。あのせいで、第1問が全滅。点数開示したら、合格最低点と10点しか違わなくって…。8+7で間違えなきゃ、絶対に江戸大に行けてた」
そう。俺には実力があったんだ!
「詰まらないミスするかよりも、実力の方が大切だと思わない? 実力が反映されなくて、凡ミスで振り分けされる日本の大学入試は、絶対に間違ってる」
たかが足し算のミス、大したことない。江戸大学に合格した同期の奴らより、俺の方が絶対に実力があった。
だけど、あのクソ女はそれを理解しなかった。
「ねえ。その話、何回目? いい加減にしてよ」
六月一日の火曜日。基礎実験の最中に、クソ女は半ギレで俺にそう言った。
「足し算でミスってるような人が、江戸大なんか受かる訳ないでしょう? 入試のことなんか、いつまでもグチグチ言ってんじゃないよ! バカな話してる暇あったら、実験に集中して! ちゃんと温度見てて!」
江戸大なんか受かる訳ない?
バカな話?
ふざけんな! 俺はふざけた試験の犠牲になって、こんな不当な目に遭ったんだぞ!
俺の実力も理解せず、ボロクソに言いやがって!
自分が可愛いとか勘違いして、調子に乗りやがって!
俺より背が高いからって、俺のこと見下しやがって!
この時、俺は込み上がる怒りを必死に抑えるので精一杯だった。
だけど、この時に決意した。
このクソ女を絶対にぶっ殺すと…!
クソ女のせいで、関東科学大学に通う気が失せた。やっぱり、俺は関東科学大学に落ち着く器じゃなかったんだ。
安いアパートの部屋に籠って、パソコンでエロサイトばっかり観る日が続いた。
サイトで観るグラビアアイドルは、あのクソ女より数段可愛い。
そのうち、エロサイトも飽きてきた。
六月二日の水曜日だったか? 気分転換でホラー系のサイトを検索してみたら、妙なサイトを見つけた。
「呪い? 面白そうじゃん」
明らかにヤバそうなサイトだった。
まず目を惹いたのは、中央に釘が刺さっている藁人形のイラストと、したたる血で書かれたような『呪』の文字。
トップページにはこんなことが書かれていた。
あなたには殺したいほど憎い相手がいますか? もしも法律が邪魔をしないのあれば、その気持ちを実行に移す勇気をお持ちですか?
妖しい匂いしかしないんだけど、何だ?
あなたは呪詛の力を信じますか? 1000年前、呪詛は死で償わなければならないほどの大罪でした。しかし現在はどうでしょう? 科学や技術、そして人々の思考が呪詛の力と社会を分断したことで、その罪は消滅してしまったのです。
お分かりですか? つまり、あたたは人を殺しても、罪には問われないということなのです
魔力って言うのか? 俺は、この妖しいサイトの胡散臭い文言に、何故か引きつけられた。
「あのクソ女、呪い殺して貰うか」
ごく短時間だった、俺の中に、その選択肢が浮かんだのは。
気付いたら俺は、この妖しいサイトの申し込みのページに移動し、必要事項を記入して送信していた。
「呪いの日は金曜日。二日後か。集合は…朝七時!? 早すぎるな…」
朝が苦手な俺には、この時刻は若干ネックだった。
だけど、四の五の言ってられない。あの屈辱を晴らす為なら、この程度…。
俺は復讐の炎に燃えていた。
呪詛のサイトに申し込んだ次の日、六月三日の木曜日も、俺は大学を休んだ。
アパートの部屋から一歩も出なかった。
だけど、心は踊っていた。
「明日。明日だ。明日には、あのクソ女を…」
明日、俺を愚弄したあのクソ女を呪い殺せる!
俺は自分の顔に笑みが浮かぶのを実感していた。
この日は時間が経つのが早く、気付いたら夜になっていた。俺は、いつの間にか寝ていたようだ。
そして…。
「九時だと!? 寝過ごした!!」
カーテンの隙間から差してくる朝日で目を覚ました俺は、セットし忘れたアナログ式の目覚まし時計の針を見て愕然とした。
今日は六月四日の金曜日。呪詛の当日だ。
それなのに俺は寝坊してしまった。
集合は七時。だけど今は九時。どう足掻いても、間に合う筈が無い。
クソ女に復讐する機会を逸した。
俺は途方に暮れそうになったが…。
「いや、待て。呪いなんか必要ない、自力で殺せば良いだけだ」
俺はたまに、自分の頭の回転の速さに、自分で怖くなる。
すぐに俺は代替手段を思いついた。
そうなれば善は急げ!
俺は適当に身支度を済ませて、部屋の外に出た。
六月一日の火曜日以来、実に三日ぶりの外出だった。
十時半まで、クソ女は無機工業化学の講義を受けている。居場所が判ってるなら、棟ごと焼き殺すまで!
そう思った俺は、アパートを出たその足で最寄りのスーパーマーケットに直行して、サラダ油とライターを買った。これで大学に火を放って、クソ女を焼き殺す!
決意に燃える俺は、スーパーを出たら一直線に大学への道を突き進んだ。
大学まで、あともう少しという時だった。
騒々しい音と共に強風が一帯に吹き、俺はたじろいだ。それと同時に、一帯は広い影に覆われた。
だけど、それは一瞬。騒音はトーンを低くしながら、遠ざかって行った。俺は思わず後ろを振り返った。
「派手なヘリだな…。まさか、ピカピカ軍団?」
ピンク色の宝石で創られたようなド派手なヘリが、大急ぎで飛び去って行くのが見えた。詳しくは知らないが、世間を騒がせているピカピカ軍団のヘリだろうと、すぐに察しがついた。
「大学の方から飛んで来たな? どういうことだ?」
疑問を抱いたまま俺は歩いた。そして、三日ぶりに大学構内へと足を踏み入れた。
構内では、他の学生たちが興奮して大騒ぎしていた。
「凄ぇ。ピカピカ軍団のマシン、生で見た!」
「一人だけだったな! どうして関東科学大学に来たんだ? まさか、ドロドロ怪物が出たのか?」
やっぱり、あの宝石みたいなヘリはピカピカ軍団のマシンで、関東科学大学から飛び発ったらしい。それ以上のことは判らないが、取り敢えず大変なことがあったみいだ。
「でも、俺には関係ねぇ。クソ女を焼き殺すだけだ!」
俺はサラダ油とライターを入れたレジ袋を片手に、無機工業化学の講義が行われている棟を目指した。
外に居た連中はピカピカ軍団で興奮していたから、俺を気にする奴は誰も居なかった。お蔭で、簡単に計画を実行できそうだ。
無機工業化学の講義が行われている棟に、俺はすぐに辿り着いた。
もちろん棟の中には入らず、人に見られなさそうな裏手に回った。
誰も、俺に気付いていない。
ついに、クソ女に制裁を加える時が来た!
俺はレジ袋から、重いサラダ油の容器を取り出し、いざ開封しようとしたが…。その時だった。
「サラダ油じゃあ燃えねえぞ」
聞き憶えのない男の声が、急に聞こえた。
ハッとして振り返った俺は、驚かずにはいられなかった。知らないオッサンが、俺の後ろに立っていたんだから。
背は俺より高かった。黒い半袖のポロシャツを着ていた。袖から覗く腕は筋骨隆々で、いかにも強そうだった。
「何があったか知らねえが、バカな真似は止めろ」
逞しいオッサンはそう言うと、俺からひったくった。まだライターが入っているレジ袋を。
俺は何処までも運が悪い。
寝坊をして呪詛に遅れるは、変なオッサンに放火を妨害されるは…。
結局、俺はクソ女に制裁を加えることができなかった。
後編へ続く!
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