社員戦隊ホウセキ V第2部/第15話;血に染まったリンク、無人のレーン
前回
十縷が新杜宝飾に入社する数ヶ月前、一月に実施された大会を光里は欠場した。付近のスケートリンクに殺刃ゾウオが出現したからだ。
光里はゾウオへの対応を優先した。その大会は友人の最音子の引退試合で、二人で決勝に出ることを約束していたのだが…。
「ホウセキチェンジ!」
「その首、マダムとザイガ将軍への手土産にしてくれる!」
短距離走の競技着のままスケートリンクに駆けつけた光里は、グリーンに変身してスケートリンクに駆け込んだ。リンクで人々を斬っていた殺刃ゾウオは、光里が変身すると声を上ずらせ、意気揚々と向かって来たグリーンの方へと滑り出した。
グリーンは氷上を苦にせず走れるバランス感覚を有していたが、それでも氷上を滑走できる相手を戦うのは確実に不利だ。だからグリーンは完全に接近してしまう前に、ガンモードのホウセキアタッカーを手にした。銃口を殺刃ゾウオの足元に向けて。
「フロギストンショット!」
グリーンのホウセキアタッカーは、細い炎を模した緑色の熱戦を発射した。熱線は殺刃ゾウオの足元の氷に当たり、それを融かす。そして殺刃ゾウオの足元は、一瞬で池になってしまった。
「何っ!? 氷が融かされる!!」
全身を暗い銀の刃で武装した白い体の殺刃ゾウオは重く、たちまち池と化したリンクの中に沈み、すぐに見えなくなった。不思議だが、リンクの融かされた部分は深い池となったようだ。その謎はさておき、これで殺刃ゾウオの動きを封じた。
「今、助けます! 救助隊が来ますから、落ち着いてください!」
グリーンは殺刃ゾウオへの追撃ではなく、怪我人の救助を優先した。自分に近くに倒れていた人から順に、肩を貸してリンクの外へと連れ出す。
しかし、一人では全員を連れ出すのには相当の時間が掛かりそうだ。だから、グリーンは助けを求めた。
「貴方、無事なら動画なんか撮ってないで、手伝ってくれる。その子をリンクの外まで連れて行って」
グリーンが声を掛けてたのは、スマホを翳して氷上に佇む紺色の衣装を着た無傷の少女。彼女の足元で盛大に流血して倒れている少女を助けるようグリーンは告げ、自分は他の者を救助する。
しかし、紺色の衣装の少女はグリーンの指示を聞かなかった。当然だ。彼女はゲジョー。ニクシムの一員なのだから。
ゲジョーは足元の少女には目をやらず、徐に左の裏拳で自分の後方の空気を叩いた。すると彼女の背景に、叩かれたガラスのように皹が入った。
その時、別の人をリンクの外に連れ出していたグリーンは、視界の片隅にその光景を確認し、堪らず驚いて振り返った。
「何、あれ? 何が起こるの?」
初めて見る光景に、ゴーグルの下の目が丸くなる。
皹の入った背景はガラスのように砕け散り、七色に光る大きな穴を開けた。穴からは大量の水が吐き出され、その流れに乗って殺刃ゾウオも氷上に転がり込んだ。グリーンが氷を融かして創った池の中に沈んだ殺刃ゾウオが。連動して、グリーンの創った池は水面を大幅に下げた。
「助かったぜ、ゲジョー。おい、シャイン戦隊! よくもやってくれたな!」
事態を理解できないグリーンが狼狽する中、氷上に舞い戻って来た殺刃ゾウオは声高に叫んだ。怒りを露わにして。そして氷上を滑走し、再びグリーンに向かって来る。
丁度、一人リンクの外に連れ出し終えていたグリーンは、人的被害を減らすべく人の少ない場所へと走り込む。
(あいつの方が速い! 追い付かれる…!)
女子100 m走の日本記録保持者と雖も、氷上でスケート靴を履いた相手より速く走るなど不可能だ。
それを覚ったグリーンは、後ろを振り返りながら高々と跳び上がった。そして、空中でホウセキアタッカーを手に取り、追って来る殺刃ゾウオに向けて発砲した。グリーンはこれで殺刃ゾウオの滑走が止まることを期待していたが、相手はそこまで甘くなかった。
「効くか! デカプルトウループ…からのデカプルアクセル!」
殺刃ゾウオは回転しながら跳び上がった。その高さはグリーンに及ばないが、回転しながら振り回した両小手の刃で、グリーンの弾を次々に跳ね返した。
すぐに殺刃ゾウオは着氷したが、間髪入れずに再び回転しながら跳び上がる。降下してくるグリーンの方へと。対抗してグリーンは再びホウセキアタッカーを発砲したが、弾丸は先と同じく殺刃ゾウオの回転に跳ね返された。
殺刃ゾウオは回転しながらグリーンの眼前まで迫り、空中で両腕の刃を振るってグリーンを斬った。斬撃は右膝と両方の二の腕に入った。刃はグリーンのスーツを難なく切り裂き、皮膚にまで達した。
赤い血を散らしながらグリーンは氷上に落下し、背を叩きつけられた。白い氷上が光里の赤い血で幾らか染められる。かなりのダメージがあり、グリーンのスーツは緑の光の粒子と化して霧散してしまった。競技場姿の光里が現れる。
「この勝負、貰ったな」
殺刃ゾウオは足から綺麗に着氷し、赤い血で染まった両小手の刃を見せつけながら、ゆっくりと光里に迫る。対する光里は、変身が解けた上に負傷している。
(マズい、殺される…! モネとの約束があるのに…!)
万事休すか、と思われた矢先だった。
「何だ? 他のシャイン戦隊か!?」
何発かの青く光る弾丸が右斜め上から飛んで来て、殺刃ゾウオの肩や胸に当たった。
銃撃でふらつかされた殺刃ゾウオは、憎らし気に弾丸の飛んできた方向に目をやる。
ほぼ無人と化した客席の最上段に、煌びやかな三人の姿が見えた。ガンモードのホウセキアタッカーを手にしたブルー、ソードモードのホウセキアタッカーを手にしたイエロー、そして素手のマゼンタだった。
「殺刃ゾウオとやら、ここからは俺たちが相手だ」
リンクを見下ろすブルーは、そう言って殺刃ゾウオを挑発した。殺刃ゾウオはこれで標的を光里からブルーたち三人に変更する。
「随分と大口を叩きやがるな! バラバラに斬り刻んでやる!」
殺刃ゾウオはブルーたちの元を目指し、まずはリンクの端を目指して滑走していく。ブルーはそれを止めようとしてか、何か囁きながら再び銃を発砲した。
「弾き返してやる! デカプルフリップ!」
殺刃ゾウオは再び回転しながら跳び上がり、ブルーの放った青く光る弾丸を跳ね返そうとした。先にグリーンの弾丸を跳ね返したのと同様に。しかしブルーの放った弾丸は、先にグリーンが放ったものとは質が違った。
「何だ、これ!? 刃が凍っちまった!?」
そもそも青い弾丸の速度は遅めで、形も雪の結晶のようだった。殺刃ゾウオがそれに気付いたのは、空中で回転しながら弾丸を全て刃に当てた後だった。
着弾するや弾丸は氷と化して、殺刃ゾウオの腕の刃を包み込んだ。これに殺刃ゾウオは狼狽し、着氷に失敗した。殺刃ゾウオは転倒し、横倒しで氷上を何 mも滑らされた。
ブルーが放ったのはポリアフショット。低温の環境において最も効力を発揮するのは。対象を凍結させるこの弾丸だった。
「流石はブルー隊長! 後は私たちが仕留めますわね」
「行きましょう、マゼンタ!」
殺刃ゾウオの動きが封じられると、既にフィニッシュの為にエネルギーを溜めていたマゼンタとイエローが、リンクの方へと走り出す。マゼンタは右の踵、イエローは大きな剣をそれぞれ自分の色に光らせながら。そして二人は、リンクに飛び降りた。
「こんな程度で、俺は負けねえ!」
腕の刃を封じられながらも、殺刃ゾウオは立ち上がった。しかし無策に突撃しても、ただ相手の攻撃を受けるだけだった。
まずは横一文字に振り抜かれたイエローのソードフィニッシュを腹に、続いて落椿の型で繰り出されたマゼンタのキックフィニッシュを右側頭部に、殺刃ゾウオは食らった。この連撃の前に殺刃ゾウオは敢え無く膝を折り、前のめりになって氷に倒れ込んだ。
すぐに殺刃ゾウオの体は異臭を放つ黒い泥と化し、赤い血で汚れた白い氷のリンクを更に汚した。
殺刃ゾウオが撃破された頃、そのすぐ近くの陸上競技場では女子100 m走の決勝が行われていようとしていた。
(光里、戻って来ない。もうすぐ始まるのに、何してるの?)
最音子は他の選手と共にレーンへと向かう途中、落ち着く無く周囲を見回していた。光里が居ないからだ。先程、コーチ役の千秋と共に控え室から出て行った光里。この時になっても戻って来ない。最音子がこの事態を気にしない筈は無かった。
同じ頃、観客席では十縷と友人がオペラグラスで女子100 m走の決勝に出場する選手たちを眺めていた。
「やっぱいいなぁ。ヘソ出しブルマ、最高だ。可愛い…」
などと十縷の友人が抜かす一方、十縷は気付いた。
「神明光里ちゃん、居ないぞ。どういうことだ!?」
各レーンに向かう選手たちの中に、光里の姿が無かった。十縷に言われて、友人もそのことに気付く。最大のお目当ての不在に、二人は困惑せずにはいられなかった。
その数分後、場内アナウンスで女子100 m走の決勝の開始が告げられたが、その時になっても光里は姿を見せなかった。そして、場内アナウンスではこのように伝えられた。
『第五レーン、新杜宝飾・神明光里選手は右膝を負傷した為、棄権です』
場内に動響きが起こった。最有力選手の欠場という知らせは観客に落胆の溜息を吐かせ、会場の雰囲気を暗くした。
「神明光里ちゃんが怪我したって!?」
当時の十縷はこのアナウンスをまともに受け取り、ただひたすら心配した。
(嘘でしょ! 棄権って何? どういうこと?)
第六レーンで構えていた最音子は、無人の第五レーンを呆然と見つめた。アナウンスの内容は彼女にとって信じ難いもので、大いに精神力を削ぐものでもあった。
こんな状況で始まった女子100 m走の決勝。集中力を欠いた最音子は全力を出せず、最下位という結果に終わった。
成績などどうでも良い。最後のレースは、光里と一緒に走りたかった。何とか決勝まで進めたのに、思わぬ形でその希望は打ち砕かれた。
最音子の陸上選手としての最後の舞台は、大変に不本意な結果に終わった。
陸上競技場から少し離れたスケートリンクには、当時の社員戦隊に少し遅れて救急隊が来た。殺刃ゾウオに襲われた人々は救急隊に任せて、社員戦隊の四人はその場を引き上げる。
彼らはゾウオを撃破したのだが、引き揚げる足取りは重かった。
「フィブリングの止血は飽くまでも応急処置ですから、ちゃんと治療致しましょう。それにしても、お一人でよく頑張りましたわね。見上げるばかりです」
マロパスポーツワールドの駐車場に駐めたキャンピングカーの居室で、伊禰が光里を治療する。短距離走の競技着姿のままの光里は、両腕と右膝に清潔な包帯を優しく巻かれた。
治療の間、伊禰は光里の行動を称賛したが、当の光里は浮かない顔だ。
『大会の方は、急な怪我で棄権すると千秋が伝えたそうだ。お前にとって大事な試合だったみたいだが…。申し訳ない』
ブレス越しに愛作が状況説明のついでに謝罪した。光里は呆然とした表情のまま、これに答える。
「社長が謝ることじゃありませんよ。時間を戻せれば良いんですけど、流石にイマージュエルの力でもそれは無理ですからね。仕方ないですよ」
愛作は何も返せなかった。同じ車内に居る伊禰、時雨、和都も同じだ。
『光里ちゃんの行動に誤りはありません。光里ちゃんが先に駆けつけたからこそ、助かった方もいらっしゃいます。ご学友の方も、事情があった筈だと察してくださる筈です。光里ちゃんのような方が、約束を破る筈などありませんから』
ブレスの向こうのリヨモは、雨のような音を鳴らしていた。その音を聞いていると、連鎖的に光里の目にも涙が浮かんでくる。この涙が滝となり、光里が嗚咽から号泣に至るまで、長い時間は掛からなかった。
光里の気持ちは察するに難くない。それでも車内の一同にも、寿得神社の離れのリヨモと愛作にも、光里にどんな言葉を掛けるべきなのか、解らなかった。
暫くすると光里の泣き声は少し小さくなり、時雨の指示で和都がキャンピングカーを発車させた。
次回へ続く!
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