社員戦隊ホウセキ V/第106話;憎しみの源?
前回
五月三十日の日曜日の戦いで、ザイガの所業に憤怒した十縷。
あの十縷を振り返っていた和都は、ふとこんなことも思い出した。
(もしかしたらジュールは、腹の中にもの凄い憎しみを抱えてるのかもしれない…)
実は十縷、一度だけ己の抱える【憎しみ】について、和都に語っていた。
かれこれ二週間前、五月十七日の月曜日のことだった。その日、午前中に健康診断のあった十縷と和都は、男子寮一階の食堂で昼食を摂った。
「いや、最高ですね! こんなに飯が美味いって感じるの、初めてです!!」
新卒の十縷は前日から断食する健診は初めてなので、空腹がかなり辛かったらしい。本当に嬉しそうで、いつになく饒舌だった。
「でもワットさん。エモい、流行らせるの、勘弁してくださいよ。さっき、祐徳先生にめっちゃいじられたじゃないですかー?」
「は? お前が着替え覗いたのが悪いんだろ。変な譫言ばっかり言ってたし。実際にエモいぞ」
饒舌な十縷に和都も合わせる。こんな調子で、その日の昼は楽しい雰囲気の筈だった。しかし、ひょんなことでその雰囲気は一瞬にしてブチ壊れた。
『引手リゾート・億田間ホテル! 六月五日土曜日、オープン!』
食堂に設置されたテレビが映していたCMの声が、その時だけやたらと鮮明に聞こえてきた。十縷はテレビがよく見える場所に居て、CMの画面も見てしまった。その途端、急に十縷の表情が険しくなった。
「どうした? そんなにエモい、嫌なのか?」
十縷が気分を害したと察し、和都が心配する。場合によっては謝ろうかとも思ったが、この問に対して十縷は首を横に振った。
「違います。見たくないものが見えたんで…」
十縷はそこまで言った後、無理に明るい雰囲気を偽装して話題を逸らし、その時は説明しなかった。
十縷が急に表情を険しくした理由を和都に説明したのは、その一週間後。五月二十四日の月曜日だった。
寮の食堂で昼食を摂っている時に、十縷は唐突にこんな話をしてきた。
「僕、解ったんですよね。どうして長割肝司がムカついたのか」
つい三日前に自分たちを攪乱した人物の名前が急に出てきて、流石に和都も驚いた。
「何言ってんだ? まともな感覚あったら、あんなのムカつくに決まってるだろ」
粗方の人は和都と同意見だろう。勿論、十縷もほぼ同意見なのだが、今回言いたいことは少し違った。
「あいつ、自分がしたことは棚に上げて、隊長に怒られたことをやたら怨んでたじゃないですか。自分が虐められたとか、出鱈目言って。自分は無能のクセに、親の権力で何でもできると思って…。ああいう奴、前にも会ったことあるんですよね」
そう語った時、十縷の表情からは静かな怒りが感じられた。その表情は、和都を一瞬だけでもたじろがせる程だった。そして、和都は前にもその表情を見たことがあった。
(この顔…。何だ? 前もこんな顔したな?)
十縷は陽気で笑っている印象の強いが、偶にこういう顔をする。和都は記憶を検索し、十縷がこの顔をした時を探った。答は割と短時間で導き出せた。
(これ…。先週の昼飯だ。あの時、急にこんな顔になって…)
そんな風に和都が思い出しているうちに、十縷は語った。前にも会った、ああいう奴について。
「引手リゾートの今の社長ですよ。あいつ、まさにそのタイプなんです。だから先週の昼、急に不機嫌になったんです。引手リゾートのCMが見えたから…」
先週の昼食の時、いきなり十縷の表情が険しくなった。その時、和都は意識していなかったが、食堂のテレビは引手リゾートのCMを映していた。
ところで引手リゾートとは、全国にリゾートホテルを展開する大企業だ。十縷の父・恵那児も、かつてはこの企業が運営する唐尾のホテルで働いていて、十縷も小学校の低学年までは唐尾で過ごしていた。
余談だが、十縷の姉の名・唐尾里はこの地に因んでつけられた。
という次第で、十縷は流れで自分の過去について語ったが、和都は首を傾げた。
「お前、出身は阿田壬って言ってなかったか?」
そう。これまで十縷は自分の出身地は阿田壬だと語っていた。実際、今の彼の実家は阿田壬にある。今の話と照合すると、彼は唐尾で生まれて阿田壬に引っ越したということになる。なのに、十縷はどうして阿田壬出身と語っていたのか?
「他所から阿田壬に越したって、言いたくなかったんですよ。越さなきゃいけなかった理由を話すのが嫌だったんで…」
「前から名前は知ってたが…。とんでもない会社だな」
ここまで聞いて、和都は思わずそう漏らした。ところで、どうして熱田家は引っ越さなければならなくなったのか?
それはこれから十縷が語った。
「本当にとんでもない会社ですよ。馬鹿息子の御曹司、事件の後も平気で飲み会開きまくって、高級車も乗り回して…。自分が悪い事したって、全く思ってなくて…」
「隊長の話といい、お前の父さんの話といい…。この数日で凄い話ばっか聞くな。まさか引手リゾート、そこまでヤバかったとは。絶対に泊まらねえぞ」
話を聞いた和都は、顔を引き攣らせながらまず感想を述べた。その次に、和都は疑問に思ったことを言った。
「ところでお父さん、強いな。そんな酷い辞めさせられ方したのに、すぐ次の仕事探すなんて。お姉さんも、改名とかしないのか? 嫌な思い出のある唐尾が思いっ切り名前に入ってて、嫌じゃないのか?」
和都がそう訊ねると、十縷は急に表情を明るくした。
「何年か生きてれば、嫌なことの一つや二つありますよ! そんなことでメソメソしてても、始まらない! 縋れる望みは十縷もあるんだから、まず動かなきゃ! って、父が言ってました」
明るくそう言った十縷を見て、和都は表情を綻ばせた。
「そっか。取り敢えず、お前ん家は全員強いんだな」
和都が率直な感想を述べ、十縷が「ワットさんもなかなかですよ!」と返す。場の雰囲気は簡単に明るくなった。
その翌週、ザイガが地球に現れた。その非道な行動に十縷は憤怒し、十縷の怒りに仲間たちは震撼した。
和都も一時は恐れを抱いたが、十縷の機嫌がすぐに直ったので過度な心配はしないことにした。
(大丈夫。ジュールは強い。神明や姐さん、隊長もついてる。間違えは起きない)
和都は十縷と仲間たちを信じることにした。
そしてその日から、また時が流れた。
次回へ続く!