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社員戦隊ホウセキ V/第112話;針と抗体
前回
六月四日の金曜日、十縷と和都は朝の自主トレに向かう途中、歩きスマホに夢中で突き進む、怪しい大学生と擦れ違った。
その人物は、ゲジョーがSNSを使って集めた【呪殺希望の人】だった。【呪殺希望の人】たちはゲジョーによって辺鄙な空き地に連れて行かれ、そこで新たなゾウオ・呪詛ゾウオと遭遇した。
呪詛ゾウオはその場所から大きな柱仙人掌をその地に生やし、呪殺希望の四人が息を拭きけて色をつけた紙を、藁人形に巻き付けた。そして、自身の体に生えた針を毟り、木槌でその針を藁人形に打ち込む。四つの人形は呪詛ゾウオの手で、柱仙人掌に磔にされた。
固唾を呑んでこの光景を見守る四人の男女の元に、ゲジョーが歩み寄って来た。
「ご覧ください。呪いは確実に効いています」
ゲジョーはいつの間にか銅鏡を手にしていて、それを四人の方に向けた。それを見た時、それまで慄いていた彼らは急に目を輝かせて、鏡に食いついてきた。
「やった! 死ね、死ね!!」
四人とも興奮し、囃し立てるように鏡の前で騒いだ。そして鏡を見せるゲジョーは、呆れたように溜息を吐きながら彼らから顔を背けた。
鏡には、四つの異なる光景が代わる代わる映し出されていた。大学の実験室で倒れて苦しみ出す中年男性、会社のオフィスで席から転げ落ちて苦しむ中年男性、高校の教室で授業中に黒板の前で倒れて絶叫する若い男性、そして空いた電車の中でいきなり叫びながら床に倒れ伏す中年女性……。
言わずもがな、彼らは四人が憎んでいた人物。その憎しみは呪詛ゾウオの手で届けられ、彼らを苦しめていたのだった。
勿論、呪詛ゾウオが出現すると、すぐに寿得神社にある橙色のイマージュエルが反応し、愛作の指環が警告灯のような光を放った。
その時、社長室に居た愛作は、すぐに指環を使ってホウセキVの五人に通信を送る。
「ゾウオが現れた。場所は…この前の採石場だ。社員戦隊、今すぐ出動してくれ」
この時、時刻は午前九時三十五分。十縷たちは既に仕事中だったが、途中で打ち切って出撃することとなった。愛作はホウセキVに連絡した後でリヨモにも同じ連絡をし、寿得神社の離れへと走った。
ホウセキVは通報を受けてから五分と経たぬうちに寿得神社の駐車場に集合し、キャンピングカーに乗ってゾウオが出現した場所を目指した。いつもならこの辺りでリヨモが現地の映像を送って来るのだが、今回は少し違った。
『ちょっと待て。反応が一箇所じゃない。五箇所だと!?』
五人のブレスからは、愛作の驚いた声が聞こえてきた。五箇所と聞いて、堪らず五人も驚く。リヨモからの映像が届いたのは、その後だった。ブレスは空中に、五つの異なる映像を投影した。
広い空き地で、藁人形に針を打ち込み続ける呪詛ゾウオ、四つの異なる場所で倒れて苦しむ四人の人物。
それらを見て時雨と十縷と光里は困惑していたが、伊禰はそうでもなかった。
「このゾウオが遠隔操作で、この四人に術を発動させているのでしょうか? なんか、丑時参みたいですし」
映像から伊禰はそう推測した。苦しむ四人の周囲にウラームやゾウオの姿は見受けられないので、この予想は正しいのだろう。この推測を受けて時雨は作戦を立てた。
「マゼンタ、被害者の所を回って貰えるか? 敵の術が何なのかは解らんが、対応できそうなのはお前くらいだ。俺たちはこのままゾウオの所まで行って、ゾウオを倒す」
この状況では、こんな立ち回り方になるだろう。異論は出なかった。かくしてこの作戦が実行されることとなり、伊禰は一人で車を降りた。
『一件目は関東科学大学です。手前の交差点を右に曲がってください』
下車した伊禰に、すぐリヨモからの通信が入った。伊禰はそれに従って走るが、その最中に思った。
(関東科学大学って、会社の近くですわよね。ですけどゾウオの術が届いた。新杜家のイマージュエル、感知範囲は広いけど守備範囲は余り広くないのですわね)
橙色のイマージュエルにはダークネストーンの力や憎心力を拒絶する力があるので、寿得神社の近辺はニクシムの攻撃を受けない。しかし、寿得神社から徒歩圏内の関東科学大学は、その恩恵を受けなかった。橙色のイマージュエルが守っているのは寿得神社と新杜宝飾の本社だけと言っても差し支えないのだろうと、伊禰はつくづく思った。
そんなことを考えながら走っているうちに、伊禰は関東科学大学のキャンパスに突入していた。彼女はここで物陰に隠れて、ホウセキマゼンタに変身する。
そして再びリヨモや愛作からの通信に従い、術で苦しめられている人の元を目指した。
『左側の建物に入れ。被害者はそこの三階に居る』
マゼンタは研究棟に入り込み、指示に従って三階へと階段を駆け上がる。途中、何人かの人に姿を見られ、当然の如く騒がれた。しかし、それに頓着して足を止めている暇は無い。マゼンタは一心不乱に走り、問題の実験室に突入した。
「すみませーん。ピカピカ軍団の者でーす。今、助けに参りました」
マゼンタが部屋に入った時、教員と見られる男性が床に倒れたまま呻いており、学生らしき若い男性が三人、彼を介抱しようと頑張っていた。学生たちはマゼンタの存在に気付くと響動き、道を開けるように教員の近くから散った。
マゼンタが問い掛けると、苦しむ教員は「胸に刺すような痛みを感じる」と口にした。その言葉を受けて、マゼンタはベルトのバックルからピンクゴールドの指環を取り出した。それはヒーリングではなく、抗体を模したY字型の装飾が施された指輪だ。マゼンタはこれを右手の薬指に装着し、その右掌を教員の前に翳す。
「グロブリング、装着」
グロブリングと呼ばれた抗体の意匠を持つその指環は、毒物や病原体を体内から除去する力を持つ。今まで出番が無かったが、今こそこの指輪の力を発揮する時と、マゼンタは直感した。
そのマゼンタの意思を受け、グロブリングは彼女の右掌から、抗体のような光の塊を無数に照射する。その光は苦しむ教員の体に当たると、体内に沁み込んでいく。それから数秒後、抗体のような光は凝集した形で、教員の胸から出てきた。この光景に学生たちは響動くが、マゼンタは納得したように頷いていた。
「やはり、異物を転送していたのですね。グロブリングの選択は正解でしたわ」
そうマゼンタが言うのは、凝集した抗体のような光の中に、長く鋭い針が閉じ込められていたからだ。紛れもなく、これは教員の体内から摘出されたものだ。光に捕まって宙に浮いたこの針にマゼンタは手刀を見舞い、真っ二つに圧し折った。
「もう痛くない。治ったのか!?」
その頃、教員の顔色は治っており、苦しみも消えていた。彼が回復すると、三人の学生は歓喜の声を上げた。読みが当たりマゼンタは安堵に胸を撫で下ろすと共に、喜ぶ学生たちの姿を見てメットの下の顔を綻ばせる。
回復した教員はマゼンタに礼を述べてきたが、マゼンタはやり取りをそこそこに、踵を返してこの場を後にする。と言うのも、次に向かうべき場所があるからだ。
マゼンタが去ると、教員が倒れた時に学生たちが呼んでいた救急隊が入れ替わりで実験室に駆けつけ、教員は念の為救急車で病院へ運ばれた。
大学教員を救った後、マゼンタは大学構内の広い中庭に移動していた。ピカピカ軍団が出現し、付近に居た学生たちは大騒ぎしてその姿をスマホで撮影していたが、マゼンタは彼らに自分から遠ざかるよう訴える。
「今からマシンを呼びます。危ないから離れてくださいませ!」
そう叫んで学生たちを遠ざけた後、マゼンタは天に左手を突き上げてガーネットの名を呼んだ。すると紫のイマージュエルが空を割って出現し、光りながらその姿をヘリ型のガーネットに変える。
騒ぐ学生たちはプロペラが起こす突風にたじろぐ。そしてマゼンタは、ガーネットが機体の底から照射した光に照らされ、その中へと吸い込まれていった。
「さあ、今日はドクターヘリで飛び回りますわよ! 社長、姫様。次の被害者の場所を教えてくださいませ!」
今日のマゼンタはやたらとノリが良い。そのマゼンタを乗せたガーネットは、愛作とリヨモが告げた次の被害者の場所へと、一直線に飛んでいった。
関東科学大学の教員が回復した時、寿得神社でリヨモは安堵していた。
「流石は伊禰先生。素晴らしいです。ガーネットならすぐ飛んでいけますし、もう全員助かったも同然ですね」
リヨモはそう言いながら、激しく鈴のような音を鳴らしていた。
しかし愛作は対照的に険しい表情のまま、リヨモが投影する映像を睨みつけていた。その様に気付くとリヨモは鈴のような音を止め、「どうされましたか?」と愛作に問う。
この時、愛作はあることが気になっていた。
「この人たちがゾウオの術でやられていたのは明らかですが、彼らはどうして狙われたんでしょう? 姫、ゾウオの周りの映像の範囲を、もう少し広くして貰えますか?」
愛作の言葉を受け、リヨモも同じ疑問を抱いた。そして、次に彼が自分にした要求の理由も、何となく理解できた。少し怖い気もするが、リヨモはティアラに念を送り、ゾウオの周囲の映像の範囲を拡大する。すると、やはり嫌なものが映った。
「何故こんなことが? この方たち、ご自分が何をされているのか解っていらっしゃるのですか?」
それが見えた時、リヨモは堪らず鉄を叩くような音と雨のような音を同時に鳴らした。愛作もまた、溜息を吐いて眉間に皺を寄せた。
彼らを落胆させたもの、それは呪詛ゾウオの近くに集まっていた、四人の男女だった。
愛作とリヨモを落胆させた男女四人は、その時ゲジョーの持つ銅鏡の映像を見て怒りの声を上げていた。
「は? ピカピカ軍団、何してくれんの!? クソ町田、治りやがった!!」
教員が回復する様に最も怒っていたのは、金髪女だった。やはり彼女は関東科学大学の学生で、この教員を怨んでいたらしい。そしてマゼンタのグロブリングで教員が回復した時、呪詛ゾウオにも異変が起きていた。
「術が破られた…。シャイン戦隊には妙な能力を持った奴がいるのか…」
灰色の色紙を巻いた藁人形に打ち込んでいた針が、ピンク色の光に包まれるやそのまま消失したのだ。針が消えると、藁人形は必然的に柱仙人掌から離れ、地面に落下する。術を破られたのだが、呪詛ゾウオは至って淡々としていた。
対照的に、集められた四人の男女は狂ったように騒ぎ立てる。
「ざけんなって! これじゃ怨み、晴らせないじゃん! ピカピカ軍団、マジ死ね!!」
四人が口々に騒ぎ、そんな彼らをゲジョーが宥める。
「まあまあ。まだ、呪いは何度でも掛けられます。ご心配なさらず」
そう言うと、ゲジョーはまた和紙を取り出した。今度は五枚だ。依然として怒気を纏ったままの四人に、ゲジョーは微笑みを浮かびながら告げた。
「呪いを邪魔する憎きピカピカ軍団を呪いましょう」
ゲジョーにそう言われると、四人は不敵にほくそ笑んだ。
紙を四人に配った後、それまで営業スマイルを浮かべていたゲジョーの顔が不意に曇った。
(緑の戦士も、術を掛けられるのか…)
ゲジョーの脳裏には、自分の前に躍り出てホウセキディフェンダーを発動した光里の姿が甦る。
申し訳なさと遣る瀬無さがゲジョーの胸の中で渦を巻き、やがて溜息という形を得て口から洩れた。
(迷うな! 奴は敵なんだ! これが私の選んだ道なんだ!)
雑念を振り払うかのように、ゲジョーは自分に言い聞かせる。曇った表情は一転し、今度は無理に勇ましさを纏ったかのように見えたが…。根底にある迷いを隠しきれていない。今にも涙が溢れ出しそうで、独特な歪さを漂わせていた。
次回へ続く!