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江部航平
2024年11月9日 23:18
連休を終えて帰ってきた僕の部屋には彼が住んでいて、シャンプーも、冷蔵庫の苺ジャムもすっかり替えられてしまっていた。「誰なんですか、あなたは」と僕は言った。「なぜ僕の部屋にいるんですか」 彼はブルーベリージャムのトーストを齧りながら僕をみていた。焼きすぎて黒っぽくなったトーストはさくりと音を立てて噛みちぎられた。彼の口許からパンくずがこぼれて丸皿の上に散らばる。「あなたこそ」と彼は云った。ひ
2024年9月19日 12:46
もう糞尿垂れるだけの肉になっていた。もう三日も部屋を出ておらない。仕事を辞めて人とも会わずの生活をもう二年続けていた。家族はなく、僕はひとりだった。 僕には夢があった。小説家になりたいという密かな企みだった。有名になれるんなら、なんでもよかった。けれども僕には秀でたところがまるでなく、学生時代も他の同級生と比肩する特徴も特技もなかった。ただプライドだけは一丁前に高く、そのせいで友人はもうほとん
2024年8月29日 15:00
十一月最後の日曜日、最後に彼女と寝ておくべきなんだろうか。 雨の紗幕が信号や車のテールランプの赤いひかりをぼんやりとぼかしていた。 都会にはにおいが溢れている。すれ違う女の香水の甘いにおい、ぼろぼろの服を来た初老から漂うしょっぱいのと酸っぱいのが合わさったにおい、ラーメン屋から漏れる豚骨のにおい、トラックの黒い排気ガスのにおい、口許からこぼれる煙草のにおい。このまま夜の街の隅を歩きながらにお
2024年8月28日 12:09
口の中が苦く乾いていた。 心臓に釣り針が幾本も食い込むような感覚がいつまでも抜けず、釣り針はそれぞれ引っ張り合うこともなく心臓の肉に食い込み、かみつき、しまいに肉から針の先が見え、血が滴る。 寄るべない寂しさやら恥ずかしさが、薄桃色の、ビー玉ほどの大きさの玉になって喉につかえた。心臓に釣り針が幾本も食い込むような感覚がいつまでも抜けきらず、釣り針はそれぞれ引っ張り合うこともなく心臓の肉に食い込