『つきのふね』 月1読書感想文
『つきのふね』 森絵都 1998年 講談社
主人公である中学生のさくら。
親友の梨利との仲違いと2人を取り巻く数々の出来事。その2人に友情とも執着とも取れる感情を寄せる級友の勝田、そして心の拠り所である精神を病んだ青年智との不思議な交流が描かれている。
思春期の心の揺れ、痛みの感じ方に加え、組織だった万引きや売春斡旋、放火事件等、物語のインパクトを求め過ぎでは?と思う部分もあるが、少女達の生きる世界のザラザラ感を感じられ、最初から最後まで一気に物語は進み、疾走感が感じられる。
主人公が中学生であり、作品のジャンルも児童文学(それともYAか)のため、主人公達と同世代だった頃の自分と今の大人の自分では、かなり感想に差が出てしまうだろう。
ちょっと渋めなのは仕方がない。
この勝田くんの台詞は、多分多くの読者が反応する部分だと思う。
勝田くんの言う「怖いもん」と言うのは、色々当てはまると思う。
傷つきやすい心、止まらないマイナス思考、上手く喋れない、理解してもらえない、自分だけが劣っている、自分は変わっているのかと疑う心…
自分もこのぐらいの年齢だった頃は、そんな事で悩んでいたと思う。(いや、もうちょっと成長しても)
何気なく言った言葉を理解されず生きづらいというか、周りと馴染めない疎外感というか。
確かに、思春期は心が揺れやすい。
心と体の成長が同じスピードではないからか、はたまたその年齢特有のホルモンでも出ているからなのか。
大抵の少年少女が通過する道で、正常な成長の通過点の1つなのだろうとは思う。
数年前に爆発的に『繊細さん』のような内容の本が流行った時期があったと思う。
書店に行くと、関連商品が多数並びよく売れていた。
「こんなにも自分の繊細さんで悩んでいる人が多いんだな」
ちょっと驚かされた記憶がある。
誰もが生きづらさや心の辛さを抱えている。
「あー何でいっつも自分はこんな感じなの?」と泣きたくなる気分は誰にだってあるし、自分という存在にうんざりする事だってある。
でもそれを『自分だけ』と思っている人も多い。
知人でよく「辛い」と口にする人がいる。
でも彼女はアドバイスや気分転換の勧めなんて必要としていない。
何か言っても「でも」と「だって」「無理ですよ」を連発する。
彼女が求めているのは、傷つきやすい自分を「可哀想」と言ってくれる事であり、「あなたが1番大変ね」と特別扱いしてくれる事であるからだ。
要は、こういう方向性の承認欲求だと思う。
求められている事が分かるから、彼女が望むように同意をする。
自分の痛みばかりに敏感で、他人の痛みなど想像すらしない人は多い。
本書の中の梨利と同じ様に、自分が1番大変な性質を抱えていると思い込んでいるからだろう。
誰もが痛みや違和感を感じながらも、毎日をやり過ごしていると理解すれば、きっと見える世界も変わるのに、なんて思う。
もちろん相変わらず大変な毎日だったりはするだろうが、それでも確かに一歩前進なんだと期待したい。
自分自身が濃くなり過ぎると、大抵はろくな事がない。経験上そう思う。
「自分を知る」のと「自分に酔う」のとでは、大きく違う。
心の安定の為に、何かを持つ事は重要だろう。
それが家族や友達だったり、打ち込む趣味だったり仕事という人もいるだろう。1冊の本だったり、1行の言葉かも。信仰という人も。
コレを持っていない人は、結構多いのではないか。
何かやらなきゃと色々試してみたけれど、どれも中途半端なんだよね…で止まってしまう事は多い。
だから探し求めてみる。
なかなか見つからなくても、焦る必要はない。強く求めて探せば、人なのか物なのか、はたまた行動なのかは個人によって違うだろうが、見つかる時が来る。そう思っている。
勝田くんのように、割と早い段階でソレをちゃんと認識出来ている人は、なかなか羨ましい。
彼がソレを、自分が「キレそう」になった時への対処法として知っていて「オレ、すぐにキレちゃうんだよねー」なんて言っていない。
その割には激し目の奇行も取るので、イマイチ彼の基準が分からないが…
最後に、さくらの唯一の心の拠り所だった智さんが造る「月の船」
ノストラダムスの予言により滅亡する人類を救う為に、智さんは設計を続けている訳だが、物語の中では、月の船は登場人物1人1人が自分を救う物の象徴としての意味を成しているのだと思う。
結局わたしたちは、自分の月の船をコツコツと造り続けている。
生きづらい世界からの脱却に必要だからだ。
それは心の平安であり、様々な楽しみであり、大切な何かだったり、他人への思いやりや共感だったりする。
もっと若い頃は、自分自身の濃度が濃く、なかなか大変な時期も多かった。
思い出すと「ギャー!」と叫び出したくなる恥ずかしい記憶なんかも…多々ある。
年齢を重ねるにつれ、他の緊急案件が次々と持ち上がることも多く、そちらで頭を悩ませる事も多い。
そして色々経験をしてきた結果、いい意味で諦めが早くなる。
さらに良い塩梅に自分に緩くなる。
「まあ、仕方ないね」と。
そう考えると、年齢を重ねるのも悪くはない。楽に生きられるようになるからだ。
そんな事を中学生の主人公たちを眺めながら、思った。
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