ココロは子どものまま
過去に何回か記事にしたことがある。わたしは家事がきらいだと。
苦手というよりきらい。できないわけではない。必要最低限はできる。もちろん料理だってつくるわけで。
YouTubeを観てるといわれる。家が汚いと運気が下がるだとか、散らかってると思考もとっ散らかってるって。
えぇ、わかってますよ?わかってる。
片づけたくても片づけられない。時間がないし、めーんどくさーいって。週末にまとめてやるから勘弁してよってね。
でもこれを観て「そういうことだったのか」と、目からウロコがボロっと落ちた。
わたし、マジでそう思っていたんだと気づいた。
「片づけられないんです。片づけたいんですけどね。」ではなく、「片づけたくないんです」ということ。
理由は、わたしの仕事じゃないとどうやら子どものわたしが思っていたようで。いや、お恥ずかしい。
どういうことかというと、わたしの仕事ではなく、お母さんの仕事でしょ?って思ってたフシがある。
子どものわたしがずっとそう思ってたってことを、いまだに思ってるってこと。何歳だからよ?とツッコミたくて仕方なくなった。
「だってお母さんの仕事であって、わたしの仕事じゃないもん」ってなもんだ。
その対処法は動画で理解できた。なるほど。これが親ばなれの方法なのか。
長男の自立した話を書いたばかりなのに親である肝心のわたしが、まだ親ばなれできてないなんて、穴があったらとりあえず頭だけ隠したい気分だ。
で、またふと思う。これって、お金についても同じなんじゃないか?と。
お金を稼ぐことってお父さんの仕事でしょ?って。お母さんも稼いでいいけど、わたしとの時間もちゃんとつくってねって。
だから稼ぐのもわたしの仕事じゃないもーんって、どんだけまだ子どもやねん!!
ただそのことに気づけてましてや対処方法までわかったとなればあとは、実践すればいい。
そのことに気づいてから、家事がそんなに苦じゃなくなった。苦じゃないから大きなストレスにならない。
もっと実践していけばもしかするとわたし、家事がきらいから、好きかもっていっちゃうのかもしれない。
家事の中でも特にきらいなのが、料理。厳密にいうとメニュー決めだ。
そんなわたしが料理しながら「あ、あれがあるからもう一品つくっちゃおう♪」てな感じで料理していたのだから、それだけで驚き桃の木なのである。
「美味しい〜」「うま!」の夫と子どもたちの言葉も、罪悪感を覚えることなく素直に受け取れた。
まだまだココロは子どもなのかもしれない。だからわたし自身が本当の意味で自立するには、もう少しいろんな課題と向き合ってクリアしていくしかないが、気の持ちようが変わるのっておもしろいな〜って。
思考の力は、人生をよくも悪くもできるって思ったできごとである。