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⑭子どもと海外で暮らす(バレエ教室を探す)
バレエ教室を探す
4月に渡独して怒涛の毎日を過ごしていた頃、日本で4歳から始めたバレエを、再開できないか考え始めました。せっかく本場のヨーロッパにいるのですから、こっちのバレエに触れさせてみたい。また、学校で徹底的に自信を喪失している娘に、元氣になるきっかけを与えたいというのもありました。
ドイツのバレエ教室は雰囲気が全然違う
まずは、近所のバレエ教室から、捜索開始。しかし、のっけから思うようにはいきませんでした。娘はその時7歳で、夏には8歳になるという時期でした。日本のバレエ教室では、小学校に上がるまではキッズクラスで、ワンレッスン1時間を週に1回。小学生からは、90分のレッスンを週に1回受けていました。
小学生クラスでは、まずはストレッチや柔軟体操をゆっくりやってから、バーレッスンをひと通りやって、最後にバーを離れてセンターでのレッスンです。難易度はもちろん違いますが、基本的には中高生のお姉さんたちと、レッスンの流れは同じです。
が、しかし! ミュンヘンでいくつかバレエ教室を見学にいきましたが、あまりの雰囲気の違いに驚きました。「バレエ教室」とはいっても、女の子たちがかわいらしいレオタードを着ているのは「バレエっぽい」けれど、子どもたちがワーと集まってきて、おしゃべりしたりしながら、体を音楽に合わせて動かす。先生は「手はこうよ〜」とか、ニコニコしながら声をかける程度で、厳しく直したりはしません。シーンとしたレッスン室の中で真剣に「神経を研ぎ澄ませて」やるのがバレエだと思っていた私たち親子は、この光景に心底驚きました。
教室の先生たちに質問して、やっと分かってきたことがあります。つまり、「7歳ではバレエはまだ無理だ」という考え方からこの教室の雰囲気ができている、ということです。
子どものバレエに対する考え方の違い
バレエの歴史が長いヨーロッパでは、解剖学や栄養学などの体の理解の上に、バレエの訓練も考えられている。子どもは成長過程であり、骨も未完成。だから、幼い子どものうちから過度な訓練をするのは、体のために良くない。良くないどころか、怪我によりその子の一生に悪影響を及ぼす可能性もある、という考えなのです。
なるほど、それでこのゆる〜い感じなのか。なるほど。
J先生との出会い
けれども、日本で「バレエレッスンとはこういうもの」と刷り込まれている娘には、納得がいきません。「もっとちゃんとしているとこでやりたい」という彼女のために、さらに教室探しが続きました。どうせやるなら本格的なところで、と(無謀にも!)州立のバレエアカデミーに問い合わせてみました。ですが、来学期(つまり秋から)のクラスのオーディションはすでに終わってしまったとのこと。あーら、残念...。
このバレエ教室探しの過程で、日本からのバレエ留学の通訳や手続きの世話をしているという日本人女性と知り合いになりました。彼女の紹介で、郊外のあるバレエ教室に行ってみることになりました。ミュンヘンの中心部からしばらく電車に乗った先の住宅街の中にその教室はありました。外見は普通の住宅のようですが、中に入ると、スタジオにたくさんの子どもたちが賑やかにレッスンを受けていました。
J先生は、長身の美しいオーラを放つ女性です。かつてはイギリスのロイヤルバレエでソリストをつとめていたそうで、こちらの指導は、これまで見てきた他の教室よりは本格的な感じでした。引っ込み思案な娘は、覚えたてのドイツ語の挨拶もままならない感じでしたが、なんとか初日レッスンをクリアしました。
「泣きたい顔?」
何回か通ううち、J先生から「ちょっと」と呼び止められました。「〇〇(うちの子の名前)はレッスン中、泣きたいのか? 大丈夫か?」と訊かれました。「え?」
廊下の隅でその日のレッスンを見ていた私には、特にその日の娘に変わったところがあるように見えませんでした。「大丈夫?」と娘に聞いてみても「何が?」とかえって不思議そうにしています。
そこで、周りの子どもたちを観察していると、他の子どもたちの表情は、実に楽しそうなのです。レッスンが楽しくてたまらない! というのが顔の表情から分かります。それに比べてうちの子は、表情が真剣そのもの。ドイツ語の指示を聞き漏らすまい、と耳を澄ませているせいもありますが、日本のバレエ教室ではこの表情がスタンダード。「歯を見せて笑う」と「真剣にやって」と言われかねない雰囲気だからです。
J先生には「あれは泣く前の顔じゃなくて、真剣な時の表情です。」と説明しました。踊りの技術の前に、表情にも違いがあるなんてと、思わされた出来事でした。
次なる展開
何回か娘のレッスンを見てくださっていたJ先生に、州立バレエアカデミーに問い合わせをした件を話しました。「日本の子は歳の割にしっかりしている。ここの教室からも以前にアカデミーに入った子がいた。もう一度、問い合わせてみたら」と勧めていただきました。
ダメ元で再び問い合わせてみると、「それでは一度、学校に来て、レッスンを見学してください」との返事が! 思いがけない展開に、本場のレッスンを見るだけでも、という感じで学校に行ってみることにしました。