もう一つの世界、22 白うさぎ2/5
白うさぎ、2/5
放課後(ほうかご)、三咲(みさき)は、うさぎ小屋のまえに座(すわ)りこんで、じっと見つめていた。
「どうしたの?」
奈美(なみ)がたずねると、
「『ちゃちゃ』かどうか、たしかめてるの。」
「『ちゃちゃ』って?」
「ちいちゃんが飼(か)ってたうさぎ。
ほら、身体が茶色で、頭の後ろに少しだけ白い毛がはえてる。
あたし、ちいちゃんの家にお見舞いにいったとき、うさぎを飼(か)ってるって、『ちゃちゃ』をみせてくれたの。
でも、一匹だけでかわいそうだから、小学校のうさぎたちに、あわせてあげたい、っていってた。」
ちいちゃんというのは、三咲(みさき)の家の近くにすんでいた色の白い女の子。
身体が弱くて、ずっと小学校を休んでいた。
たまにきても、いつも、一人でうさぎ小屋のまえにうずくまって、静かにウサギをみている。それをみて、だれかが『白うさぎ』ってあだ名をつけた。
でも、去年の暮れに、ちいちゃんは、病気で亡くなった。
奈美(なみ)もおもいだした。
「あだ名が、『白うさぎ』のちいちゃん?」
『そう、白うさぎのちいちゃんが飼(か)ってたうさぎ、『ちゃちゃ』っていうの。』
「きなこがその『ちゃちゃ』をつれてきたの?」
「うん。」三咲(みさき)がうなずく。
「でも、どこからつれてきたの?」
「ねえ、ちいちゃんが亡くなったあと、『ちゃちゃ』はどうなったの?」
「しらない。」
「もう、いなくならないよね?」
とつぜん健人(けんと)がいった。
「みんなで、今夜、みはってようか?」
健人(けんと)はやる気まんまん。
「夜中もみはるの?」
「うん、おれやりたいなあ。」
「先生に相談(そうだん)しようよ。」
どうするか、みんなで職員室(しょくいんしつ)にむかった。
先生は、健人(けんと)の話をきくと、
「今夜は、わたしが当直(とうちょく)当番(とうばん)だから、みんなは安心してかえりなさい。」
ざんねん。
健人(けんと)はがっかり、ほかの三人は、ほっとして帰っていった。
夜の校庭(こうてい)は、昼間(ひるま)のにぎやかさがうそのように、ひっそりとしずまりかえっている。
まったく別の、もう一つの世界。
橋 本(はしもと)先生は、夜の一〇時にうさぎ小屋を見にいった。
うさぎはしずかに寝入っている。
べつになにもかわらない。
しかし、布団(ふとん)に入っても、気になって寝つけない。
夜中におきると、もういちどうさぎ小屋を見にいった。
「おや?」
うさぎ小屋の近くで、何か白い影(かげ)が動いている。
ちょうどうさぎぐらいの大きさの影(かげ)。
先生は、足をとめて、じっとようすをうかがった。
よーく見ると、月夜のなかに白うさぎがぼんやりうかびあがっている。
白うさぎは、うさぎ小屋に近づくと、そのまま小屋の壁(かべ)を通り抜けて、スーとなかにはいっていった。
「えっ、どうして?」
しばらくすると、こんどは、また、壁(かべ)を通り抜けてきた。白うさぎにつづいて、きなことしんいりのうさぎの『ちゃちゃ』がでてきた。
「えっ、なんで?」
暗闇(くらやみ)にうかびあがる白うさぎは、まるで小さな女の子のようにみえる。
先生は、思わず声をかけた。
「どこに、いくんですか?」
白うさぎは、振り向くと、ふしぎそうに先生をみた。
先生は、もういちどたずねた。
「もどってきますよね?」
白うさぎはなにもこたえない。
「生徒(せいと)たちが、心配しています。
約束してくださいね。」
白うさぎは小さくうなずくと、きなこと、しんいりうさぎの『ちゃちゃ』をしたがえて、校舎(こうしゃ)の影(かげ)にきえていった。
夢を見ているようなできごと。
先生は、どうしていいかわからず、とぼとぼと宿直室にもどっていった。
翌朝、先生は、起きるとすぐにうさぎ小屋をみにいった。
しかし、まだもどっていない。
やってきた四人をみつけ、もうしわけなさそうに昨夜のふしぎなできごとを話した。
「先生、ねぼけてたの?」
健人(けんと)が、うたがっている。
先生は、頭をかいて、
「うーん、ねぼけてたのかなあ。」
そこは否定(ひてい)してほしいのに考えこんでいた。
「先生、しっかりしてよ。」
三咲(みさき)は、ついいってしまった。
でも、白うさぎといったら、ちいちゃんだ。
「先生、あたし白うさぎをしってるよ。」
「あたしもしってる。
ちいちゃんだよね。」
奈美(なみ)も、うなずいた。
「ちいちゃんって?」
先生にはわからない。
「去年なくなったクラスの小山(こやま)ちいちゃん。あだ名が白うさぎっていうの。」
「じゃあ、あの白うさぎはちいちゃんなのかい?」
「先生、あたし白うさぎにあいたい。
あえばちいちゃんかどうかわかるとおもう。」
「でも、夜中だからなあ。」
「ぼくも、あってみたいたい。」
「とりあえず、帰ってくるのをまって、それからかんがえようか。」
いったものの、自信はなかった。
のんびり屋の先生は、頭をかきながら、職員室(しょくいんしつ)にもどっていった。
「白うさぎはちいちゃん?」
健人(けんと)が、めずらしく神妙(しんみょう)にきいていた。
「きっとそうよ?」
「やっぱり『ちゃちゃ』をつれてあいにきたんだ。」
三咲(みさき)は、なにかしてあげたいけど、どうしていいかわからない。
「ねえ、ちいちゃんのおばさんに会いにいかない?」
三咲がいうと、奈美(なみ)もかんがえていた。
「でも、ちいちゃんはもう死んだんだよ。」
「おばさんに会って、今の話をしようよ。」
「はなしてどうするの?」
そこで言葉がつまってしまった。
健人(けんと)は、たんじゅん。
「どうすればいいか、おばさんにきけばいいんだよ。」
四人の心に、小さな光がともった。
「いこうよ。」
光司(こうじ)もいきたがった。
みんなの気持ちがうごきはじめた。
「いついく?」
健人(けんと)はいまからでも、行く気まんまんだ。
「きなこがもどってからにしない?」
「よし、きまり!」
健人(けんと)は、大きな声でさけんだ。
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