『ただ愛し方が違うだけ』
「お気遣い感謝です🙏」
最後のLINEが、こんな他人行儀な絵文字だった。まるで宅配便の不在票にある「ご不在の際は」みたいな、形式的な冷たさ。三年間の愛が、たった一つの絵文字に変換されていく。スマホの画面も、人の心も、すぐに暗転する。
面白いよね。別れ話の時だけ、急に丁寧語になること。「お気持ち、よく分かります」とか「ご心配おかけして」とか。まるで、言葉と言葉の間に距離を置きたがるみたい。近すぎた関係を、急いで遠ざけたがる慌てた仕草。
電話だ。午前0時。出たい気持ちと、出ちゃいけない理由が頭の中で戦ってる。ディスプレイに表示される名前。懐かしいような、怖いような。
指が震える。出そうで出れない。いや、出れなくて良かったのかもしれない。結局、着信履歴だけが残った。
深夜の電話って、不思議だった。
声だけが空間に浮かんで、気持ちだけが宙づりになって。お互いの温度も、表情も、嘘も本当も、全部曖昧なまま。
「最近、どう?」
「まあ、普通かな」
「そっか...」
この「普通」って言葉に、どれだけの物語を詰め込めばいいんだろう。私にとっての「普通」は、きっと彼女にとっての「窮屈」で。彼女の「普通」は、私にとっての「不安」で。
結局、愛し方が違うだけなんだ。
それだけの話なのに、
なんでこんなに胸が痛いんだろう。
着信から10分。
また明日、誰かに「深夜に元カノから電話があって」って話すんだろうな。
でも、この気持ちの複雑さは、誰にも説明できない。
愛し方が違うって、結構残酷だ。
互いを否定することなく、
それでも一緒にいられない現実。
スマホの画面が消える。
また、電話がかかってくるかもしれない。
でも、もう出ないんだ。
それが、お互いのための優しさなんだから。
二人の愛の形
カフェで向かい合ってた時の会話を思い出す。
彼女はカフェオレを前に言った。
「愛は自由だよ。細かいこと気にしないで、もっと大きな気持ちで」
私はブラックコーヒーを飲みながら返した。
「愛には責任があるんだ。だから、細かいところも大切にしたい」
今考えると、この飲み物の選び方も、私たちらしい。
彼女はミルクの甘さで温度を調節して。
私は苦さをそのまま受け止めて。
「別に、嘘をつこうと思ってたわけじゃないの」
彼女がよく言ってた言葉。
でも私には、その「別に」が引っかかって。
理由を聞きたくて。説明が欲しくて。
彼女の愛は、海みたいだった。
全てを包み込んで、全てを許して。
波が荒くても、それも愛の形だって。
私の愛は、器みたいなもの。
形があって、限度があって。
溢れそうになったら、必死に支えて。
彼女が言った。
「私がなにしても許してくれる?」
この質問の意図が、今でも分からない。
愛の試験問題みたいで。
でも、私の答案は不合格だった。
「愛してるから、許せない」
その言葉に、彼女は首を傾げた。
「愛ってそういうものじゃないでしょ」
「じゃあ、愛ってなに?」
この問いの後、長い沈黙。
私たちの会話って、いつもこうだった。
例えば、友達との約束。
彼女:「あなたのこと一番に考えてるから、大丈夫でしょ?」
私:「一番に考えてるなら、もっと説明して」
この会話、まるでテニスの壁打ち。
ボールは返ってくるけど、
相手の温もりは感じられない。
あなたの愛は、無条件の受容だった。
「愛してるから、何でも許せる」
「愛してるから、全部受け入れられる」
「愛してるなら、疑わないでしょ?」
私の愛は、もっと面倒くさかった。
「愛してるから、正直でいて」
「愛してるから、ちゃんと説明して」
「愛してるなら、証明してよ」
そうか、私たちって結局。
同じ「愛してる」って言葉で、
全然違うこと言ってたんだ。
今更だけど、やっと分かった気がする。
彼女の愛の広さと、
私の愛の深さが、
きっと、交差することはなかったんだって。
今なら分かる。
彼女は愛を信じる人で、
私は愛を証明する人。
この違いは、性格の違いじゃなくて、
生き方の違いだった。
「全てを許すのが愛だと思ってた君」
「傷つけないのが愛だと思ってた私」
価値観の違いを掘り下げる
「なんでそんなに理由が必要なの?」
終電を逃した夜、彼女がそう言った。
私は駅前のベンチで、スマホの履歴を見せながら説明を求めてた。
「だって、さっきまで『電車乗った』って言ってたじゃん」
彼女は空を見上げて、ため息をついた。
「愛してるよ。それだけでいいじゃん」
「でも、嘘はつかないでほしい」
「それも愛のうちだと思うんだけどな」
結論と過程。
彼女は前者で、私は後者。
まるで、違う教科書で勉強してるみたい。
彼女の「愛してる」は、
全ての説明を飛び越えていく魔法の言葉。
私の「愛してる」は、
一つ一つの行動で証明する方程式。
昨日の夜も電話で言い合った。
「愛してるって言ったじゃない」
「言葉より、行動で見せて」
「なんで証明が必要なの?」
「なんで証明を嫌がるの?」
「愛してるならもっと自由に生きようよ」
「愛してるならもっと誠実に向き合おう」
この会話、いつも平行線。
彼女は感覚で生きてて、
私は理屈で生きてる。
お互い、愛は深かったと思う。
でも、その見せ方が違いすぎた。
彼女は大きな絵を描きたがって、
私は細部にこだわりたがって。
今でも時々考える。
私の「なぜ」は、愛の形を歪ませたのかな。
彼女の「それだけでいい」は、
本当に愛だけで完結してたのかな。
でも、これはきっと永遠の謎。
答えが出ないことにも、
それぞれの愛し方があるんだから。
君は「結論重視」:「愛してるよ。どう思ってるかが大事」
私は「過程重視」:「愛してるよ。なんでそう思ってるかが知りたい」
信頼関係の捉え方
「信じるって、そういうことじゃん」
深夜のファミレスで、彼女がそう言った時。
窓の外は雨で、街灯が滲んでた。
私は温めなおしたコーヒーを飲みながら、
「でも、信頼って積み重ねじゃないかな」
なんて言って。
お互い、違う雨の夜を見てた。
彼女の信頼は、真っ白な紙みたいだった。
何も書かれてなくても、それでいい。
むしろ、書かれてない方が純粋で。
私の信頼は、日記みたいなもの。
毎日少しずつ、文字を書き込んで。
時々、消したくなるページもあって。
「疑うこと自体が、愛してないってことでしょ?」
彼女の言葉が、刺すように響く。
私は「違う」って言いたかったけど、
その「違う」をどう説明していいか分からなくて。
信頼って何だろう。
彼女にとっては、無条件の白紙。
私にとっては、日々の証明。
この違いは、きっと埋まらない。
終電の時刻表を見ながら、
彼女が小さな声で言った。
「私の愛し方って、間違ってる?」
答えられなかった。
だって、間違ってないんだ。
ただ、私の愛し方と違うだけで。
それを「違う」と言えない弱さと、
「同じ」と言えない正直さの間で、
私は黙ってた。
彼女は言った。
「疑うことは、裏切ること」
私は思った。
「確かめることは、大切にすること」
今でも時々、
あの雨の夜のファミレスを思い出す。
窓の外の街灯は、
今も誰かの信頼関係を
ぼんやりと照らしているのかな。
そして私は、
まだ答えを探してる。
信じることと、
確かめることの、
その真ん中あたりを。
愛しているから何も疑わず信じる君と
愛しているから信頼を積み重ねたかった私。
すれ違いの本質
結局、お互い愛してた。
それは間違いない。
でも、愛の形が違いすぎた。
彼女の愛は風のよう。
自由に吹いて、
時には優しく、時には激しく。
跡形も残さずに通り過ぎて。
でも、確かにそこにあって。
私の愛は石のよう。
形があって、重みがあって。
動かないけど、確かな存在感で。
時には重荷になるけど、
その分だけ、真摯に向き合って。
「なんでそこまで考えるの?」
「どうしてそこまで考えないの?」
この会話、まるでキャッチボール。
でも、投げてるボールが違う。
彼女は風船を投げてて、
私は野球ボールを投げてて。
受け取る方は、いつも戸惑って。
深夜のコンビニで、おにぎりを選ぶ時も。
彼女:「なんとなく、これが食べたい」
私:「賞味期限とか、具材とか...」
彼女:「そんなの気にしすぎ」
些細なことの積み重ね。
どっちが正しいとか、
そういう問題じゃなかった。
ただ、愛の方程式が、
根本的に違ったんだ。
彼女は足し算で。
「これもあり」「それもあり」って。
私は引き算で。
「これはダメ」「それは違う」って。
今なら分かる。
私たちは、
愛という同じ言葉で、
全然違う景色を見てたんだって。
それは悲しいことなのか、
それとも、
ただの必然だったのか。
今でも時々考える。
もし私が、もう少し「素直」だったら。
もし君が、もう少し「正直」だったら。
でも、そんな「もし」を考えることすら、
私の歪んだ愛し方なんだろうな。
答えは、まだ見つからない。
きっと、これも愛し方の違い。
答えを求める私と、
答えなんていらないって言う君の。
現在の心境
スマホの画面が消える。
初めて、電話に出なかった。
まだ気持ちはある。
それは認めよう。
でも、それは理由にはならない。
愛は、存在することと、
成立することは違うから。
愛はきちんと存在していると思う。
あなたなりの、私なりの。
でも、それは交わらない平行線で。
愛してるのに、愛せなかった。
LINEの履歴を見る。
既読を付けない最後のメッセージ。
「電話していい?」
変わらない自分がいる。
今だって、この電話の理由を考えてる。
なぜ深夜に?
なぜ今日?
相変わらずの「なぜ」の連鎖。
きっと彼女は、
「ただ話したくなっただけ」って言うんだろう。
それで全てが説明できると思って。
でも私は、今でも
その「ただ」の中身が知りたくて。
そうさ、これでいいんだ。
完璧な別れなんてない。
きれいな終わり方もない。
ただ、必要な決断があるだけ。
あなたからの着信も、いつか止むだろう。
謝罪の言葉も、いつか消えるだろう。
でも、この経験は消えない。
愛し方の教科書として。
「お気遣い感謝です🙏」
最後にした返信。
なんて他人行儀な言葉だろう。
でも、これ以上の言葉が見つからなくて。
だって、これが私たちの
最後の愛の形だから。
...なんて、
これも相変わらずの理屈っぽい私の
愛し方なんだろうな。
無条件の愛を持つあなたと
条件付きの愛しか持てない私。
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